-「すごい」は「尊敬」とイコールだ- 1章
1章 「すごい」と「尊敬」を語る前に
ではまず「すごい」と「尊敬」について話したいと思います。どちらも主観でとらえる感情なのでそれぞれの解釈で構いませんですが100%とまでいかなくても10人中8人が「すごい」と思う事を基本に書いて行きますのでご了承ください。
分かりやすく話す予定ですが少し脱線します。
僕は作詞家、写真家、音楽プロデュース、Web屋その他全般を含め現在mitsubacoというチームの代表をしています。僕の事なんか聞いてないよ、あんまり興味無いよ。って方はどうぞ気になさらずに飛ばしちゃって下さい。たいした話でもないので。ただ人の人生はまぁ面白いのかもしれないので興味本位で時間があるときに読んで頂いても構いません。
きっかけは単純で中学生の頃、あまり学校にも行かず暇を持て余してバンドを始めました。(ただモテたかっただけかもしれません)そのまま学校に行かず「プロ」になるんだ!とひたすら練習しました。「プロ」が何かも分からないままに。ただ世界はそんなに甘くない事を知るのはもう少し先の話で当時は不安も何もありませんでした。元々絵画や作る事が好きだった所為かただ制作、練習に没頭していました。僕の事を知っている人はご存知だと思いますが、当時のバンドメンバーはHです。3ピースバンドだったのですが、彼の方がギターが上手かったので自動的に僕がベースを弾くというよくあるパターンでした。それに遊び仲間だった友人を無理矢理ドラマーにしてのSTARTです。ブルーハーツの曲をカバーして3曲ほどカバーしたらもうオリジナルを作っていました。制作や練習は外の公園、自宅。時々リハーサルスタジオに入って練習、そんな日々が続きました。当時のテープやネタ長みたいな歌詞はタイムカプセルに入れて燃やしたいくらいです。ただ「勢い」だけを詰め込んだ中学時代。
なんとか無事に高校にも行かせて頂いたのですが、あまり行かず練習ばかりしていました。そんなある日バンドの終焉が訪れます。Drが辞めると言い出したのです。今思えば無理矢理付き合わさせてペースも合わさせて正直いっぱいいっぱいだったのかもしれません。当時は気付けませんでしたが。初めての別れです。いじめられた事もいじめた事(当時はよくわかっていなかった。この話はまた違う所で。)もありましたが何とも言いようがない出来事でした。10代だったので、今でも何とも言いようがないですが。
意外にポジティブに考えられた僕とHは(彼の打ち込みの技術はここから始まって成長します。)制作活動をしながら紹介頂いた事務所に曲を持ち込んで、駄目だしされる日々。でここまではベースを弾いていたのですが、仕事にするにはまだまだほど遠くまだまだ信じられない努力をしなければならない事実に直面しました。
その中で歌詞は才能を見いだして頂いていたので、二者択一と言うかベースは辞めて歌詞一本で行くと(制作はHと二人でしています。)決めたのでした。ただ逃げたのかもしれませんがそれが最良だったと信じています。高校生だった僕の心情はイマイチ思い出せません。きっとその悔しさを制作にぶつけた笑と思います。
ではまず「すごい」と「尊敬」について話したいと思います。どちらも主観でとらえる感情なのでそれぞれの解釈で構いませんですが100%とまでいかなくても10人中8人が「すごい」と思う事を基本に書いて行きますのでご了承ください。
分かりやすく話す予定ですが少し脱線します。
僕は作詞家、写真家、音楽プロデュース、Web屋その他全般を含め現在mitsubacoというチームの代表をしています。僕の事なんか聞いてないよ、あんまり興味無いよ。って方はどうぞ気になさらずに飛ばしちゃって下さい。たいした話でもないので。ただ人の人生はまぁ面白いのかもしれないので興味本位で時間があるときに読んで頂いても構いません。
きっかけは単純で中学生の頃、あまり学校にも行かず暇を持て余してバンドを始めました。(ただモテたかっただけかもしれません)そのまま学校に行かず「プロ」になるんだ!とひたすら練習しました。「プロ」が何かも分からないままに。ただ世界はそんなに甘くない事を知るのはもう少し先の話で当時は不安も何もありませんでした。元々絵画や作る事が好きだった所為かただ制作、練習に没頭していました。僕の事を知っている人はご存知だと思いますが、当時のバンドメンバーはHです。3ピースバンドだったのですが、彼の方がギターが上手かったので自動的に僕がベースを弾くというよくあるパターンでした。それに遊び仲間だった友人を無理矢理ドラマーにしてのSTARTです。ブルーハーツの曲をカバーして3曲ほどカバーしたらもうオリジナルを作っていました。制作や練習は外の公園、自宅。時々リハーサルスタジオに入って練習、そんな日々が続きました。当時のテープやネタ長みたいな歌詞はタイムカプセルに入れて燃やしたいくらいです。ただ「勢い」だけを詰め込んだ中学時代。
なんとか無事に高校にも行かせて頂いたのですが、あまり行かず練習ばかりしていました。そんなある日バンドの終焉が訪れます。Drが辞めると言い出したのです。今思えば無理矢理付き合わさせてペースも合わさせて正直いっぱいいっぱいだったのかもしれません。当時は気付けませんでしたが。初めての別れです。いじめられた事もいじめた事(当時はよくわかっていなかった。この話はまた違う所で。)もありましたが何とも言いようがない出来事でした。10代だったので、今でも何とも言いようがないですが。
意外にポジティブに考えられた僕とHは(彼の打ち込みの技術はここから始まって成長します。)制作活動をしながら紹介頂いた事務所に曲を持ち込んで、駄目だしされる日々。でここまではベースを弾いていたのですが、仕事にするにはまだまだほど遠くまだまだ信じられない努力をしなければならない事実に直面しました。
その中で歌詞は才能を見いだして頂いていたので、二者択一と言うかベースは辞めて歌詞一本で行くと(制作はHと二人でしています。)決めたのでした。ただ逃げたのかもしれませんがそれが最良だったと信じています。高校生だった僕の心情はイマイチ思い出せません。きっとその悔しさを制作にぶつけた笑と思います。