疑問の毎日 -12ページ目

疑問の毎日

生きるって疑問だらけ・・・


しんだほうがマシ

よく聞く言葉です。


はたして、ほんとうにマシなのか?


もし、人生がフルマラソンだとしたら、
途中で棄権すると言うことです。


つらいから、まだ、歩けるのに
やめてしまうのです。



車に乗って、ゴール地点に向かいます。



周りからは、ただの弱虫としか
思われません。



だから、
しんだほうがマシと
言った人間は、みんなから、
そういうふうに見られてしまう。


もし、ハンデをしょっていたとしても
最後まで走れたならば
ものすごい拍手をうけることが
できるだろう。



だいたいシという選択肢が
口から出てくること事態
変だ。



普通ならば意地でもゴールまで
行くだろう。



もし、このフルマラソンが
意味のないものだったならば



途中で切り上げても良いかも
知れないが、そのとき
はたして、


「しんだほうがマシ」


というだろうか?





いじめられっ子は

いじめられるほうが

悪いと思ってる。


いじめっ子も

いじめられるほうが

悪いと思ってる。


そして第三者も

いじめられるほうが

悪いと思ってる人が多いと思う。




みんな
いじめっ子の味方だ。




強い方の味方さ。




強い方の味方をすれば
いじめられなくなるからさ。




いじめられっ子は
自分を消せば、
全ては丸く収まると思っている。




強いものが残り
弱いものは消えるべきだと
思っているからさ。



みんな、
そう思ってるのさ。



強い子にならないと
いじめられちゃうぞ。



誰でも強い子になれるのに
そんなことも知らない。



無知は怖いね。






あの人ではなく。

この人ではなく。

ボクはボクの体にいる。


他の体に移ることは
できないわけさ。


ボクの体が終われば

この世界は
なんだったんだろね?


あってもなくても
いいじゃないか?


なぜ、ボクが存在し
かつ、この世界があるの?


不思議な現実。


魔法のようだ。




ボクが人生で、
何をしたいのか?

結局、何もできないと思うのです。

ただ生きることでさえ
ボクには大変な労力です。

思っていることを
言葉に出来たらと思い
このブログを続けました。

さて、

ですが、
まだまだ
誰かにボクの考えが
伝わった感覚はありません。

絵も加えようと
考えてきました。

しかし、ボクは自分の絵に
自信が多少あるくせに
人に見せるのが恥ずかしい人間です。

いかにして克服するか?

やはり、うまくなるしかない。

どうやって?

気に入ったクリエイターさんの絵を
まねて書いてみよう。

というわけで

ダヤンという猫が主人公の物語に
でてくるマーシィを描いてみました。




うまいかどうか
わからない。

わからない。

わからない。

わかりません。




イジメについて、
考え方が変わったので書き直す。

イジメは100%、
加害者が悪いと思う。

なぜなら
イジメになるのは
結局、加害者しだいだからだ。


加害者になりうる人は、

ちからの強い人
知能の高い人
そして集団。


弱いものどうしでも
寄り集まれば、強くなる。


結局、強いものが弱いものを
絶滅させ、強い優秀な種族だけ
残したいという生物世界の幾年にも
積み重なった掟がそうさせてしまうと
思うのです。


ならば、どうすれば
イジメがなくなるのか?となれば
加害者になりうる強いものへの
教育が必要になると思う。


強いものは弱いものを守るということを
徹底させれば、
イジメはカナリ少なくなると思う。


強いものが結局主導権を
もっているのだからしかたがない。


弱いくせに強い者の
気に入らないことを
するから、イジメになるんだと
集団に優位な解釈になるのは、

生物だから仕方がないのは
わかるが、我々はヒトなのだ。

動物は、卒業するべきだ。



別のとこに書こうと思ったことですが
締め切られちゃったので
こっちに書いた。




人工知能が出来ても、
人間が必要なくなるのは、
まだまだ先の話だと思います。

今のロボットは「頭脳」は
安くなってきましたが「体」が
高価だし未熟です。

実用的になっているのは
膨大なデータを処理する知的分野、
弁護士や医師だと思います。

しかし、細かい作業や
患者とのコミュニケーションが
必要なのでやっぱりこちらも
なくならないと思います。
人工知能は辞書的な役割しかないと
思います。

もし、未来に完璧なロボットが
できたなら、ロボットだって
燃料が必要です。

ロボットと協力して燃料を手にいれる
作業をするでしょう。
結局、市民は働きます。
非常に簡単な作業だって残ります。

ロボットがデキナイコトを人間がし、
人間ができないことをロボットがする。

完璧な人間がいないように
ロボットだって完璧なやつはいません。
完璧なロボットは高価なので
なかなか浸透しないでしょう。

つまり、人工知能の影響で
失業者が出るかどうか事態が
わからないというのが私の考えです。

それでももし、
全ての人間の世話ができるまで
進化したならば、働く必要なんて
無いじゃないですか。

ロボットが全部してくれるんだから
遊ぶしかありません。
お金だって要らなくなる。

働くしか脳がない
遊びかたがわからない人は、
絶滅するでしょうね。
働けないのですからね。


そしてその先は、
開拓や夢を求める人と、
遊んでばかりいる人に、
集約されると思います。


夢を見る人は宇宙進出したり
地球環境を心配したり
新たな人類の課題を見つけるでしょう。

簡単な遊びばかりいる人は
そこどまりです。
なにもなくつまらない人生と
なるでしょう。

過去も現在も未来も
夢を持っていれば
困ることはない。

そう思いませんか?




お金を稼ぐ仕事は見つけました。


だけど、
ほんとうの仕事は
見つけていません。


ボクが考える本当の仕事は
お金は関係がありません。


普通の人が、
遊びや趣味というものを
ほんとうの仕事として
やりたい。


子供の時、夢に見た仕事。


見えてるようで
見えない。


つかめるようで
つかめない。




何かしないといけない。

何か、何かを始め、
継続しないといけない。

早く、早く始めて結果が欲しい。


そんなことをずっと考えて
今だ何もしていない。


結局、ボクは、
なにもしたくないをしたい。


つまり、
なにもしたくないのだ。


時というものは不思議だ。


何かやれば
その時は
あっという間に時が過ぎるくせに
後から思えば
いろいろやってればやってるほど
長かったように感じる。

なにもしなければ
その時は、とても長く感じるのに
後から思えば
なにもしてないので
短かったように感じる。


時を長く味わいたいのに
結局、短かったようになってしまう。


だから、
なにか始めたいのに


時間を上手く使えない。



みんなツラいんだよ。
みんな頑張ってるんだよ。
みんな同じだよ。


こういうふうに
共感されるの
あまり好きではない。


違うのは分かっている。


人生が楽しくて楽しくて
たまらない人もいれば

人生がツラくてツラくて
たまらない人もいるはずなのに

みんなツラいとは、
なんなのだと言いたくなる。


ボクは幸運にも、
楽しくて楽しくてたまらないときも
ツラくてツラくてたまらないときも
経験したが


もしも、
片方の経験しか、
できなかったら、
もう片方の気持ちは
絶対わからないと思う。


ツラい期間は
ツラくなくてもツラい。

楽しい期間は
ツラくても楽しいのだ。


だから、
みんな同じなわけがないのだ。


みんなツラいときを
乗り越えてきたとしても
ツラさが全然違うはずだ。


外に出たくない人に
「あまえだ」というやつは、
ツラい期間を味わったことがない
やつが言う言葉だ。

外にでるのが
何でもない人に

外にでるのがツラい人の気持ちが
わかるわけがない。

外にでるのが
何でもないならば
外には簡単に出れる。

外にでるのが
何でもなくないから
外には出れないんだ。


人生を楽しんでいるやつと

人生を苦しんでいるやつとでは


見てる世界が全然違うんだ。



それを同じだと言う人は
片側しかわかってない人なんだと
思わざるおえない。


みんなそれぞれ、
違う世界を見ているはずなんだ。