心が壊れていたとき、
私は、いろいろものを
感じることができた。
好き嫌いがハッキリした自分だ。
ある程度、治った今、
とてもボヤけているが
思い出したことがあるから
書いておく。
あのときは
楽に考えるということが
悪だった。
だらだら遊んでるやつを見ると
緊張感のないやつらだとバカにした。
自分が苦しむ方向へ行くことが
美学であり、プライドでもあった。
そして、それが果たせない
自分になるのだとしたら
恥ずかしくて、
しんだほうがマシだった。
苦しくて果たせなくなり
自分にあいそうがつき
また、苦しくて果たせなる。
そんな自分を、
外から見たとき、
ダセーなって、
逆に思ったんだ。
そしたら、
だらだら遊んで
笑っているやつらのほうが
頭いいじゃん。
笑っているやつらのほうが
努力してるよ。行動してるよ。
って、思った。
苦しむ美学のプライドなんて、
ボロボロで、もろすぎだったんだ。
理想ばかり高くて、
何も出来てやしない。
笑ってるやつらのほうが
よっぽど行動してる。
そして、目指しているはずの
天才たちだって
笑ってる。
このままだと、
しかめっ面の腐ったやつらの仲間だ。
なにしてんだオレは。
笑おう。
笑ってやろう。
笑い飛ばしてやろう!
そう思ったっけな。
(ポエムです。)