帯刀は薩摩藩のエリートで、周りには西郷隆盛・大久保利通・坂本龍馬・長州の井上馨・伊藤博文・桂小五郎など蒼々たる面々がづらり!
なかでも坂本龍馬が昵懇(じっこん)の仲だった。亀山社中(海援隊)設立を援助したり、のちの妻になるお龍を世話までしている。
島津久光に認められ側近となり、大久保利通と共に藩政改革に取り組み、後に家老職に就く。
帯刀は横の繋がりを大事にした武士であった。それが功をそうして薩長同盟に繋がったのだ!
また禁門の変では戦いの後、長州藩の兵糧米を戦いの渦に巻き込まれて苦しんだ京都の人々に配っている。心根の優しい人物なのがよく分かる。
話しは変わるが、帯刀の正室はお近である。7歳年上で子供が出来なかった。そのためか、お琴を側室に迎え入れる。お近は出来た妻であった。帯刀の死後お琴の産んだ息子を養子にし育て、先に死んだお琴を小松家の墓に埋葬している。
まっことあっぱれだ!!心の広いお近に感服してしまった。
小松家の菩提寺である日置市日吉町吉利の園林寺(おんりんじ)にある墓。今も帯刀の側にお近とお琴が眠っている。
世の独身男性諸君!持つならお近のような妻をめとれ!良い妻を得れば成功したも同然である!













