「今日も、カツオが大漁だべぇ~。」
「いち、にい、さん・・・70匹もいる。ほっほっほ~。」
「おっ、これが一番旨そうだぁ~」
「これを、おりんに食べさせるべぇ~」
「今日は、どうしようか?」
「う・・・ん・・・。」
「やっぱり釣りたては、刺身が一番うめぇべ!」
「だけど、あつあつゴハンに、刺身をのせて、その上にミョウガと醤油と山葵をちょこっと。そこに、熱いお茶をサッとかけると、カツオ
「これで、あいつもオレにゾッコン惚れるだろうなぁ~」
「平吉さんって、ほんと釣りが上手なのね~。こんなに美味しいカツオ
「いや~、ほんと、おりんが十兵衛様と一緒に船に乗ってきたときには、ビックリしたなぁ~」
「こんな男だらけの船に何ヶ月もいなきゃいけないなんて、拷問以外のなんでもねぇからな。」
「そしたら、めんこい遊郭の女が10人も船に現れたんだ。」
「その中でも、おりんは、一番めんこいなぁ~。」
「なんつうか、あの目つき、立ち振る舞い、ちょっとした仕草、喋り方、が他の女とは全然違う。」
「オレぁ~、わかんだ。あれは、そこら辺の遊郭の女とは違う。」
「気品があるというか、でも、その中に色気があるんだなぁ~ありゃ。」
「いやぁ~、おりんは、ほんとめんこいなぁ~」
「うふふふ」
この独り言は、平吉である。
石巻の漁師の家に生まれ、これまた自分も漁師になるという、東北の田舎ではあたりまえの人生を送ってきた30才の色黒の男。
しかしながら、これがまた無類の「色情狂」で、片っ端から村の女に夜這いをかけるものだから、とうとう村の役人達に捕まってしまい、島流しにされるところだった。
そして、他の船員と同様、罪を免除されるかわりに、この船に乗ったのである。
「また、平吉がブツブツ言ってるのか。まったく色情狂が。食料が増えるのは、ありがたいのだがな。しかし7日間連続で朝昼晩、カツオの刺身っていうのも、考えものだぞ。なあ、常」
「十兵衛、しかたがあるまい。この航海は、何ヶ月かかるかわからんのだぞ。食料があるにこしたことはない。」
「常よ。船の食料庫を見ただろ。米と麦が50俵づつ。水が50樽。酒
「相変わらず能天気だな~、十兵衛は。オレはな、政宗様から預かった使命があるんだ。なんとしても、ローマに行かねばならんのだ。」
「それはわかるが、まだ先は長い。今からそんな調子では、体がもたんぞ。」
「わかっている。わかってはいるが、何かせんと落ち着かんのだ。それはそうと、これからルイス・ソテロとエスパーニャ語の勉強だ。ローマに到着するまでに、なんとか習得しなければならん。十兵衛、おまえも勉強するんだぞ。」
「あいつなぁ~。ここぞとばかりに、偉そうにしやがって。昨日なんか『ジュウベエ サン、シッカリ エスパーニャ ノ コトバ ヲ オボエナイト、エスパーニャ デ マイゴ ニ ナリマスヨ。ハハハハ』だって。 ほんと、腹の立つ男だ!」
「まあまあ、しょうがないじゃないか。あいつしかエスパーニャの言葉を喋れないんだから。しばらくの辛抱だ。」
「エスパーニャ語を覚えたら、あいつを餌にして、デカイ魚を釣ってやる。」
サン・フアン・バウティスタ号には、180名ほどの乗員がいる。
午前中に、各々が船の掃除や剣の稽古、一部の侍達がエスパーニャ語の勉強をする。
それが終わると、何もやることがない、いわゆる自由な時間が、果てしなく続く。
たいがい、酒盛りが始まり、楽団が三味線を弾いて歌い、遊郭の女たちが踊りだす。
そんなことばかりしているから、すでに酒
男は女を口説き落とそうとはしゃぎだし、女はそれを軽くいなす。
男はふられても、ふられても、また口説きにいく。
他にやることがない、果てしなく続く時間。
果てしなく続く、海原。
潮風と、波の音。
時々、カモメの鳴き声。
それ以外には、ほとんど音の無い静寂な海の上を、サン・フアン・バウティスタ号がチンドンヤのように賑やかに進んで行く。
しかし、賑やかな中心にある三味線の音色だけは、潮風に湿って、故郷を思う女のように、もの悲しく聴こえる。
つづく。