支倉常長とゆかいな仲間達 ~エスパーニャへ第5巻~ | MITSUのブログ

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ニューヨークの路上で鍛えられたBlues Manの日記。

航海20日後・・・太平洋上・・・

太平洋のど真ん中というのは、色彩が乏しい。

太陽に照らされた海と空の青。

月に照らされた海と空の黒。

太陽と月が入れ替わる時に海と空の狭間で輝く紅。

それらの中を、白い雲がふわふわと漂う。

雲というのは、形があるようで形がない。
いつ現れて、いつ無くなるのか。
まるで、移り行く人の心のように。
乙女心のように。

「おりん、また、雲を眺めているのか?」

「竹山(ちくざん)様、どうしていつもお分かりになるのですか?」

「この竹山、目は見えぬが心は見える。お前の周りの風が、ざわざわと騒いでおるわ。」

「竹山様には、隠し事ができませんね。今、津軽の風景を思い浮かべておりました。」

「そうか。お前に出会って、もう5年になるかのう。」

「はい。私のせいで、竹山様まで津軽を離れることになってしまい、申し訳ございません。」

「な~に、自分を責めるんじゃない。この老いぼれも、ちょうど異国っていうのを見てみたくなってなぁ。まあ、実際には見えないのだがなぁ。はっ、はっ、はっ。」

「いえ、私が竹山様の目となり、異国の風景をすべて語っていきます。」

「おりんは、優しい子じゃのう。」


おりんは、伊達家を守る忍びの一族で生まれ育った。

幼少より暗殺術はもちろんのこと、生け花や茶道など、城の大奥での立ち振る舞いや作法を徹底的に教育されてきたのである。

目的は、ただ1つ。

江戸城に密かに侵入し、家康を暗殺すること。

そして、徳川に代わり、伊達が天下統一をするのだ。

14才の時、江戸城へ入り、あと少しで家康の首を取れるところまで近づいた。

が、しかし、あと一歩のところで失敗し、逃亡生活を余儀なくされてしまったのだ。

失敗は許されない世界。

当然、忍びの一族や伊達家も助けてはくれない。

助けてしまえば、徳川への謀反がバレてしまうからである。

おりんは、闇に葬られるべく、徳川や伊達、忍びの一族からも追われる身となってしまったのだ。

北へ、北へと逃げ、八戸に着いた時、空腹と疲労で山の中でとうとう倒れてしまった。

そこに通りかかったのが、盲目の三味線奏者「竹山(ちくざん)」率いる、旅芸人一座なのである。

竹山は、おりんに何も尋ねなかった。

代わりに、せんべい汁を与え、唄と踊りを教え、新しく生きる術を与えてくれた。

そして、おりんは容姿を変えて、旅芸人一座と共に村から村へ、都から都へ、と流れた。

村では一座の演奏にあわせて唄い踊り、都では人目につかぬよう遊郭の女郎になりすまし、そうやって5年の月日が経ったのである。

数週間前、とある侍の屋敷に呼ばれ、一座は唄と踊りを披露していた。

その際、船の旅に同行しないか、と誘われたのである。

しかも、エスパーニャという異国の地への旅だという。

おりんには、千載一遇のチャンスだった。

異国に行けば、さすがに追っ手もこないだろう。

これで、もう逃亡生活もしなくてよい。

しかし、私のせいで、異国への危険な船旅に一座を巻き込むことはできない。

どうすれば、いいのだろう?

そう思った瞬間、竹山はすでに返事をしていた。

もちろん、竹山はおりんの過去について一度も尋ねたことはない。

おりんも、自分の過去を誰にも話したことはない。

しかし、竹山は全て知っているように思われた。

彼は盲目であるがゆえ、人の目では見えないものが見えている、と一座の者たちはいつも話している。

竹山の奏でる三味線の音色は、閉ざされた人の心を開き、暗闇の中で音色の鮮やかさを広げ、母親に抱かれているような安心感を与える。

それゆえ、聞く者の心に響きわたるのだ、という。

本当のところは、誰もわからないが、確かに彼は何か不思議な力を持っている。

そして今、竹山一座は、支倉常長率いるサン・フアン・バウティスタ号に乗船しているのだ。


「おりん、あっちでまた平吉が呼んでおるぞ。」

「まあ、平吉さんったら、また大漁だったのかしら。」

「なんだかんだ言われてはおるが、あやつは心優しい青年じゃ。たしかに、少し変わったところはあるがの。」

「お~い、おりん。今日は、でっかいマグロが釣れてなぁ。マグロのわっぱ汁を作ったんじゃ。鱈じゃなかったのが少し残念なんだけんど、マグロのわっぱ汁もうめ~ぞ~。早よ、こっちさ来~い。」

「お~、こりゃ、うまい、うまい。」
「毎日毎日カツオの刺身にも飽きてきたところだったんだ。」
「みんな、こりゃうまいぞ!」
「どれどれ、おいらにも食わせてけろ。」

「おい、こら、こら、こら。お前ら。これは、おりんのために作ったんだ。そんなにガッツくな。おりんの分が無くなってしまうだろ!」

「ほ~、平吉も、わっぱ汁なんて、粋なものをこさえたもんだ。おりん、わしらも食べにいくか。」

「はい、竹山様。」

さっそく、わっぱ汁を囲んで、酒盛りが始まった。

太陽が傾き、月が頭を出してきた頃、いつものように竹山の三味線がおもむろに鳴り始める。

「これは私が一番好きな、津軽よされ節だわ。」

三味線の音色とおりんの歌声が、終わりの無い地平線に広がっていった。

ハアー 
津軽よいとこ~ 
おいらの国よ~

ハアー 
春は桜の弘前よ~ 
盃片手に眺むれば~ 
霞に浮かぶ津軽富士~

ハアー 
夏はそよ風波静か~ 
大渡瀬(おおどせ)深浦浅虫よ~ 
中でも際立つ十和田湖や~

ハアー 
黒石在は秋の頃~ 
続くりんごの紅園に~ 
流れる乙女の~ 
国の唄~


ここで一旦CMです。



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