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また会う日まで


何日かに分けてアーカイブを見終えました。


いつも思うのだけど、ウカスカジーの和寿って、

『家族以外の人と話してるお父さん』感が。



色々なアレコレは置いておいて、元気そうでよかったなっていうのが1番の感想で。



2011年の真駒内でも思ったのですが、

和寿の、

皆まで言わないぞっていう、

だけども、皆まで伝わるぞっていう、


そういう話し方が、安心できるなってすごく思いました。




わたしは個人的な事情のために、ここ数年は、

こういう場所に参加するっていうことはないと思うので、

配信という新しい『欲しい』に手が届いてとてもありがたく思っています。



ところで『春の歌』ってとてもよいですよね。

和寿が女性をスカートで表現しがちなところを含めて。



Memories sessions



(平沼さんのことはよく存じ上げないので触れません。すみません。←だれに)



タイトルと鍵盤の音色でピンとくるもんだ。


きたよね?


わたしの青春にはやっぱりこの人がいるんだよ。





一生タケチロスします。





こもりん



手首より手指より、膝が痛いです。


臨月までに増えた体重が約6キロ。

子を産み落とし、今現在の体重が、妊娠前のプラス6キロ。


はい。



退院して数日後に、むくみが一気にひいたときがあって、妊娠前のプラス2キロくらいまで体重が減ったのですが、その数日後には現在の体重に。

ある意味、3ヶ月弱は体重をキープしています。


ね。



なにが困るかって、洋服ですよね。

外には出ないのだけど、検診やら予防接種やらでどうしても出なきゃいけない時があるのです。


ゆったり目に着ていたトップスも、
ゆったり目に履いていたボトムスも、



ね。



トップスは着たら脱げません。
ボトムスは下半身の血流が止まります。



ね。




ねぇ。

『トップス』も『ボトムス』も、使うのが『パスタ』や『ジーンズ』的な恥ずかしさがあるのですが、それにかわる言葉はなんですか。


上の服と下の服でいいですか。




ふと何度も考えることなのですが、
最近ってみんなLINEが連絡手段になってると思うんです。

だからケータイのメールアドレスって滅多に使わなくって忘れてしまう存在なんですけど、

そのことを忘れて数年過ごしてしまったんですね、わたし。


知らないうちにLINEが当たり前になってふと、
メールアドレスでやり取りしてた人たちを思い出してね。

自分がメールアドレス使っていないから、昔よくあった『メールアドレス変わりました』の連絡をすること事態を忘れてしまっていたんですね。

頻繁に連絡を取ってはいなかった方であるということなんですが、いざ、どうしてるかなーと思った時には時すでに遅しなことがあったなーなんて、たまに、何度も同じ人のことを思っていたりします。


先日から、前の職場の人と連絡を取り合うようになり、またそのことを思い出したのでした。

その職場を離れて約2年。
変わっていったモノと今だ変わらぬモノが、
良くも悪くもいっぱいありました。


はいな。


元気かな。





Marshmallow days

久しぶりに見てみたら、前回書いた記事にたくさんのいいねが、不適切な表現のため表示されない方々からいただいておりました。

っていうね。



はい!


さて、遡ること平成の時代。

平成の最後の方の6月から、なんだかいろいろありました。


上司に嫌われたため、異動をさせられて、
それを機に仕事を辞めて、

面白そうな派遣の仕事に就くものの、
月の稼働日数の半分はだまって机に座っているような、
とってもひまな業務内容でつらすぎて、
契約更新のタイミングでまた仕事を辞めて、

家の近所で働きだすものの、
会社の体制や空気感に馴染めず、すぐに辞めて、



そして、

子供を産みました。
(突然か)



『出産』って陣痛から始まって子供が誕生するまでって感じではなく、
体感としては、妊娠から始まり、産後の体調が整うまで続いているようなイメージのものでした。


なんて、過去形で語ってみるものの、
まだ過渡期であり、それでも、

体調が回復している部分を少しずつ感じていているところであり、


ようやくわたしの『出産』が終わりかけているように感じています。


(産後1ヶ月をすこーし過ぎました)




『出産』とは、なかなか過酷な体験でした。



産むことよりも、その後の入院生活と退院後の2週間くらいが、
精神的にも肉体的にもしんどかったです。



入院中は、毎晩眠れませんでした。
(授乳のためではなくて、緊張や興奮やたぶんホルモン的な何かのため)



入院生活一週間、毎日2〜3時間睡眠だったのですが、
緊張や興奮やホルモン的な何かのため、肉体的な疲労感はほとんどありませんでした。


夜にぜーんぜん眠れないのですが、入院中、日中の傾眠もないのです。


そのため、『なーんだ。人間、寝なくても全然やっていけるんだなー』なんて思ってました。




しかしながら、退院して家に帰ってくると、安心感からか肉体的な疲労がドッと出てくるわけです。

でも一気に解消されるわけではなかったようで、
家に帰っても眠れない日々は終わることなく、


今度は、疲労感をさほど感じていなかった入院と違って『疲れているのに眠れない』状況が続き、
この期間が一番しんどかったです。

精神的には、もう、終了してました。




ちーん





加えてこの状況なので、入院中は面会禁止。

出産したばかりの女性たちと助産師さんと病棟助手さんと赤子しかいない場所での一週間。



授乳で忙しく、スマホなんかをいじる時間もわたしには作れませんでした。
(というか、そんなヒマがあるなら、
眠れないけど目を瞑って休みたかった。休んでいた。)



北海道の緊急事態宣言もよくわからないし、
スターバックスが休業してたことも、
世間が今、その話題で持ちきりなのも、

遠い世界のことのようで、自分と赤子のことだけで精一杯でした。



また、昼夜の区別なく授乳に追われ、
面会者もないので常にシーンとした病室で、

赤子がいつ泣くかもしれないと、
急いで歯を磨き、急いで用を足し、急いでご飯をかきこんで、

泣いたらベビーベッドを押して、あちこち傷む体で授乳室へ移動するのです。



常に緊張感があって、疲れました。
(入院中はその疲れに気付いてなかったけど)


そんなに緊張することなかったんだと、今は思うけど、
初めてのことで、知らない人の中で、

うまく生活をすることが、わたしには難しかった。


毎日、家に帰りたくてたまりませんでした。




しかしながら、家に帰ってみると、不安がいっぱい。


それまでは、
プロの力を借りながら色々と教わりながら受動的に過ごしていたのが、


退院すると、
急に、日常生活に赤子が組み込まれるのです。


これはこれで恐怖でした。
怖かった。本当に。


入院生活に戻りたいとさえ、思いました。



2週間検診に行って、助産師さんにお話を聞いてもらって、
自分のことも子供のことも、不安なことが解決して、
そこからは楽になりました。


検診までの期間の記憶はほとんどありません。
何してたんだろ。






もう少しで1ヶ月検診です。


退院してから、2回目のお出かけです。



2週間検診のときはバタバタで、体調も崩してしまいましたが、
今度はもうすこしうまくできるかなー。





それとも今でも愛しているから

 

 

前回記事をあげたときは、病み上がりだったようなのですが、

今回もそのようです。(他人事)

 

 

平成最後に風邪をひき、令和の幕開けはよれよれでした。

 

それでも、5月2日のあの時空の中だけは、完全に風邪治ってました。

病は気からってホントに本当に、本当ですね。

 

あの3時間前後は、ワンセンテンスしゃべるあいだにも咳きこんでいたのに、

あのマジックタイムの中だけは咳がでないどころか、彼らとともに大合唱に全力参加しておりまして。

 

 

いまさらすぎて、ジローも驚き桃の木山椒の木でしょうけどね、

 

Mr.Children Dome Tour 2019 “Against All GRAVITY”@札幌ドーム行ってきました。

 

昭和生まれなんで、こんなかんじです。

 

 

 

以下、ねたばれを含みます。

(って必要…?)

 

 

 

 

もうね、あんまり覚えてないやなんですけど、

座席はアリーナ前方ブロックの一番後ろの列、ステージ向かって右側でした。

 

 

ハイライトは、イノセントワールドかなんかで、こちら側へやってきたケンちゃんの、

 

 

 

 

 

はにかみ。

 

 

 

 

 

やっぱりな。

 

 

 

 

健ちゃんのはにかみに勝てるはにかみの持ち主がいるなら出てこいやーと、思う所存。

世界一のハニカミスト。殿堂入り。

 

 

 

旅立ちの唄とロードムービーが聞けて、もう言うことないって思ったし、

CANDYは色男すぎて、にやけがとまらなかったし、

HANABIは、もうギャグで演っているとしか思えず、Tomorrow Never knowsのパンッパパン♪も同様で、

Preludeが思ったよりわくわく大先生で、

 

皮膚呼吸で泣く。

 

 

 

そんなライブでした。

 

 

花道より前方のアリーナが初めてだったのですが、

みんなが花道にいる間、完全にうしろ姿だし、スクリーンを観ようと前方をみると、

 

前方のお客さん全員がこちらを向いているという。

 

いい悪いではなく、そういう場所なんだな、という理解をしました。ね。

 

 

エンディングのBGMに合わせてくれる演出、いいなと思いました。

やってくれんかと、ずっと思っていたのですが、前にちょこっとJENがやってくれていて楽しくて。

 

 

だってさ、いままで彼らの曲で大盛り上がりだったのに、その曲がかかっているのに、

それを無視するほうが、不自然なのではないか、いや不自然だ。(反語)

 

 

ね。(なに)

 

 

 

あの読解困難なオープニングの映像はもうやめたのかな。なくていいな( ´艸`)

 

 

 

直後にふりかえらないと、こうも記憶が消えるのかっ。

 

序盤で、和寿がなんか脱いだことくらいしか覚えてないや。はは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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