正しいことの怖さ
世の中で正しいとされることをしていれば
誰にも責められることはない
自分で、自ら、
自分の中の正しさを求めることは自由
でも、それを周りに押し付けようとした瞬間
子どもに与えようとした瞬間
正しさは武器になる
誰からも攻められない正しさの鎧で身を固め
素晴らしい大人として
…子どもの…相手の力を奪う…
頑張って
良き親、良き先生になろうとしてる人ほど
この罠にハマりやすいと感じる
正しさを求めているのは誰?
なぜその正しさが必要なの?
そして、その体験は誰のもの?
少なくとも、子どものものではないはず
子どもからのニーズに見えて
そうさせてしまっているだけかもしれない
どうありたいか、どんな大人になりたいかは
本人のみが決めること
だから
大人は正しい道を示すのではなく
自分が生きることに集中する
教え、与えるのではなく、
求めるものを受け取り対話する
子どもの選択肢が増えるように
自分と向き合って、
常に選択しながら生きる様を見せていく
生き方に間違いも正解もない
なりたい自分に向かって選択し続けるだけ
子どもはその姿から、
自分の選択を大事にすることを学ぶ
自分で決められる子、自分で選択できる子、
自分の人生を自分で切り開いていかれる子になって欲しいなら
親として、先生として
失敗を恐れる必要も
完璧であろうとする必要もない