久しぶりの更新は、こちら。
磐越東線江田駅。
2016年8月28日 737Dを江田踏切より。
1981年6月時点、江田信号場時代の配線略図です。
出典:渡辺伸二 磐越東線物語-全通90年史- 2007年 自費出版 p.106
スイッチバックの停車場のなかでも、かなり特殊な存在であったと思います。
小川郷~川前~夏井と続く上り勾配の中にあって、下り列車の逸走もしくは上り列車のブレーキ故障をうけるキャッチサイディングのような形で設けられた折返線をもちます。また下り列車が一息ついて、折返線から勢いをつけて勾配を上る形をとるようにも見えます。さらに散見するのは、小川郷~川前間の閉塞境界としての役割です。(たとえば、http://yonkaku.com/sss.html)
さて、現状を。
階段を登り、ホームに出た目の前に分岐があったと記憶しています。写真左手に折返線が分岐していました。
振り返って
白い柵のところに中二階建ての本屋がありました。
配線略図を見るとホーム端に上り場内があったようです。
折返線の現状を。
江田踏切から山側に入ったところに小川小学校江田分校がありました。略図には記載されていませんが「学校前踏切」があったことを記憶しています。その踏切付近から本線を眺めてみましたが、藪。
振り返りますと、
民家への私道となっているようです。
終端部へ向かいます。
神社への道を上り、本線方向を見ます。
右に積み重なっているのは
枕木です。
1984年の信号場廃止以来、三十数年経ちますが、枕木って長持ちするのですねえ。
終端部を見ます。
しっかり行き止まり。
左側のどこかに限界表示灯(5TK)があったはず。
今回のハイライトはここから。
この終端部分の線路(跡)をくぐれるよう建築物がありまして、
1967年に折返線の延長工事が行われたことが分かりました。
この時期、福島県郡山市、いわき市が新産業都市に指定されていますので、無煙化後の磐越東線をつかっての物流も考えたのかもしれません。(同じ時期に国道49号線の整備も進められたのですが・・・)。
ただ私が知りうる範囲(1970年以降)では、折返線を用いたのは上り単機列車だけです。
江田信号場の折返線が活躍した頃を知るには、もっとさかのぼらなければならなそうです。