ご機嫌よう、見藤です
まだまだ雪に怯える毎日ですね、橋が怖いんよ、橋が
インフルやらなんやらも流行っとるからね、体調管理に気をつけてライブに備えてね
さて、新譜は引き続き楽しんで頂けているでしょうか
今日は「火焔太鼓」について書こうと思います
以下歌詞
【火焔太鼓】
某、湿気た商いモンでおわす
今日も呑気に歌を歌って候
あれよあれと気に入った物は大抵が落胆
らしく誰のお眼鏡度数もピントが合いやしない
ある日これまたピューと歌を歌って候
たまたま手に入れたどうせまたガラクタ
ところがお偉いはんお眼鏡掛け忘れたまま
屋敷にもってこいと遣いを俺に出す
俺の声が言葉が「すの塊」か「神仏の鳴り」か
十数年この有様、俺には知り得やしない
たかだか今は数十人にしか響かない歌
一分で終わるか三百両か、俺には知り得やしない
「ちょいとあんたって歌い手?どれ一つ披露御覧」
不躾なお相手は蹴たぐって候
まるで銭にならぬ小生の歌ってもしガラクタ?
裸眼のお偉いはんピントを合わせて
俺の声が言葉が「すの塊」か「神仏の鳴り」か
十数年ああこの有様、俺には知り得やしない
たかだか今は数十人にしか響かない歌
一分で終わるか三百両か、俺には知り得やしない
己の声が言葉が「すの塊」だろうがなんだ
十数年かけて出来た傑物に変わりゃしない
たかだか今は数十人にしか響かない歌
一分で終わるか三百両か、俺には知り得やしない
埃まみれの枯れた喉の値打ちはアンタ次第さ
どう鳴ろうが、どう響こうが、俺にはコレしかない
評論家の、発掘家の、お偉いはん、あんたがた
俺の歌の値打ちはあんたがたが決めなはれ
これですね、これのオマージュとなっております。
かいつまんで説明すると
とある町商人が、古びた太鼓を買い付けて、売り物になるよう綺麗に磨いて試しに鳴らすと、たまたま通りがかった貴族の耳に音色が届き、後日それを売ってくれと貴族からの通達が商人に届く。
おそるおそる屋敷に招待された商人は、おっかないので早いところ太鼓を売って帰ろうとする。
ところが、商人の想定を遥かに超える金額に驚き、たじろぐ商人。あっという間に金額は更に跳ね上がり、恐ろしくなった商人はそれで構いませんと太鼓を売り、急いで帰り、妻に事情を話す。
商人は知らなかったが、その太鼓は国宝級の代物だったのでした。おしまい。
みたいな落語です。説明下手じゃな。聴いた方が早いかも。
これを自身の音楽活動になぞらえて作ったのがこの曲です。タイトルは「歌演太鼓」とかなんとか色々悩んだんじゃけど、あえてそのまま使いました。怒られませんように。
つまりは自分の歌の価値は自分には測りきれないもので、その価値を決めるのは第三者。俺は愚直に歌い続ける他ないのだ。という内容です。
俺の場合は歌じゃけど、なんにでも当てはまることだと思っています。各々のソレは、自分が思っているより価値があるかもしれないし、ないかもしれない。もともと価値があるものは少なくて、誰がどう感じるかでソレに対するそれぞれの値打ちが決まる物だと思います。
だからめげずにがんばろー!ってことじゃね!
現状、俺のガラガラの声にも価値を見出してくれる人達が100人くらいはおるってことは、きっと少しはいい物なんじゃろうなと自信が持てます。いつもサンクス。
そんな感じの楽曲です。火焔太鼓。愛しておくれ。
それではまた次回。いまからカナタのライブ行ってきます。
ps.歌丸師匠のおかげで落語に興味が持てました。ありがとうございました。今ジャンプで連載しとる「あかね噺」も超おもしろい。
