「悪の凡庸と、私は貝になりたい」 仕事として医者が、上司としてサラリーマンが、職域で、地域で | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

「悪の凡庸と、私は貝になりたい」

仕事として医者が、上司としてサラリーマンが、職域で、地域で、ワクチンを勧め、5年後、10年後、否、人類全体に禍根を残す、コロナワクチンに加担したことの、たとえ貝になっても、残るDNAの毀損、この犯罪は人類の消滅まで続き、DNAに刻まれた犯罪として、

「現代映画は」

どれを見ても、NWOプロパガンダが入っている、辺見が見た、「地図から消された村」にしても、ワクチン、水問題、人種差別、セックス、麻薬、etc、etc、をも網羅する事によって、批判的視点を取るわけではなく、破壊を、魂の抹殺をと、世界は狂人化しており、闘争以外にないことの、WHOのビルゲイツ、ウクライナのネオナチの、ISの9.11と薬漬け傭兵が、残虐非道を、それらにマスコミが加担し、市民は洗脳、そんな構図が映画の世界には、レムデシベル投与に、殺人コロナ治療、世界は殺人マシン化して、スペイン風邪から、殺人者は踏襲している、

「私対世界が」

どれ程意味で、必要なことかが、コロナを通して明らかに、唯一者とその所有が、今という時の所有が、世界がどのようであっても、唯一者であることの、

「ワクチン打った者が」

心筋炎でコロッと死ねる、3回、4回と打ってコロッと死んでいく、理想的な死だと、WHOは、ワクチンという余命2年ほどの、素晴らしい薬を提供してくれた、これからは義務化となって、皆ワクチンでコロッと死んでいく世界が、癌で、脳梗塞で、苦しむことも無い世界、

「世界は何も変わらない」

ワクチン被害が増えただけ、が、これが2年後3年後、どんな事態になるだろうか、国家、経済の破綻へ、そして強権へ、グレートリセットも、ネサラゲサラも、権力者、国家の権力集中なだけとなったら、悲惨は更に、

「彼ら、医者で教師もでもない」

子供にマスクをさせ、ワクチンを打たせ、黙食、遊びを奪い、医者とは何か、教師とは何か、地に落ちた彼ら、

「壮大な嘘に覆われた世界では」

あらゆる人間的感情の芸術、音楽、文学は、営みも意味を持たず、嘘の中にそれらが有ることの、違和だけが残り、嘘と偽りの世界にあって、今後これをどのように、全文化は責任を問われ、ベストで中世が終わったように、ペストで第一次大戦が終わったように、これから何が終わり、何が始まるのか、

「3回目接種の」

抗体依存性増強で急死、又、スパイクタンパクの蓄積による、1200もの疾患、これが組み換えられたDNA、落ちた免疫のよる様々な病気、癌遺伝子の不活過よる、癌の暴走、

「T宇の論調」

世界の一局支配構造から、多極支配構造への変換、英国諜報部、エスタブのリセットとして、世界情勢を見、このエスタブ上層部の支配構造への視座はない、固定化されたものとして、世界の金融支配、中央銀行制度、ネサラゲサラ、NWO、の視点は無い

「世界中で」

人間の歴史は、ジェノサイドの歴史であった、戦争の歴史とはそういうこと、今コロナによって、全人類的ジェノサイドが、これからの10年、あらゆることが起きて、

「コロナ後の猿痘」

猿がかかる天然痘だそうだ、機能獲得生物兵器は、自然界の様々な病原菌を、加工組み替えて、自在に作り出し、やり続けようとしている、これが彼らの命取りとなり、世界は一度はリセットされるだろう、悪は極まって来ている、これは絶望、虚無の先にある希望である、

「救急車の音と、人の病気が」

ワクチンによるものだと解っていることが、
人の不幸への冷笑、モンタニェ博士他の、2、3年以内にワクチンを打った者は、全員死ぬとの、ワクチン、現代病、医療、医者を信頼していてのワクチン、それが逆手に取られた、人類の危機が、世界の反ワク派の分断、孤立、差別、これらをDSはしたり顔で、

「私対世界がこれほど」

大切なことになるとは、人間の文化にこの観点が少しも無いことに、世界が、人間が、一体となってしまった、癌の時と同じ、私が世界に病気に飲み込まれ、今コロナで、人間は世界に飲み込まれ、私対世界を忘れている、かつて私も、世界を生きては来たが、世界は対人間世界のことであった、が、今ソーローではない、ファーブルではない、世界を私対宇宙、私対時のような世界観が今こそ、

「モンタニエとキャリーマリス」

科学者としての責任を果たそうと、果たして死んでいった、

「眠りの中で死んでゆく夢」

死出の為に、色々買いこんで、旅行プランも立てて、船で、二人で手を取りあって、眠るように、あの心地よい睡魔の中を、

「キッシンジャーが99才」

CIA、ロスチャイルドの犬が、99才、世界最長寿、119才、T力子(かね)、これから119才迄生きるとすると、あと45年、80迄とすると5年、45年生きる興味とは、あと5年とする人生の遣りたいことは、コロナ後の世界を、世界の行く末を見ていく興味、人類、有史以来5000年の、どの様な決着が、奇病、奇形、不妊、絶滅へのカウントダウンの世界が、この2、30年で見られるかの、

「義と私対世界」

あらゆる人間の規範的なものに義(正しさ、道)が首肯されてある、キリストの愛にしても、仏教、儒教にしても、道として、良心として、が、私対世界とは、それらを勘定に入れないで、私が唯一者となって、私に於いて、私対世界として世界を捉える、最高の利己主義、エゴイズムである、実存を超える、私という唯一者を自覚し生きる行為である、幸せであるかどうかなどではない、私を所有する、私という時間、生命、存在であることの、所有、一体の感情であるのだった、これらが意味を持ったのは、3.11、コロナであった、背景には癌体験があったからだが、3.11は世界を絶望と定義させ、世界がとのようであっても、それが私の世界であるという、絶望を肯定した中で誕生した感情、私対世界とはコロナの絶望をも肯定した感情、

「このコロナを」

詐欺、プランデミック、ジエノサイド、悪魔主義、狂人、オカルト、陰謀、フェイク、人間の喪失、虚無、医療を喰いもの、権力、支配欲、と、どのように規定しようとも、核と同じように、遺伝子を操作するという、取り返しのつかない、パンドラの箱を開けたという行為、

「カラスが鳴かない日があっても」

救急車のサイレンが鳴らない日は無い、1日10回位、家を出る時、帰る時、散歩に出る時と、毎月、2、3万人が超過死亡している、2021年9月まで、WHO1490万人、ワクチン回数が増え、免疫不全はさらに増え、

「ミシェルフーコーの啓蒙論」

権力と支配を分けて考えている、権力と支配は一体のものであり、どちらも国家や組織、利害の必然、国家、組織、が利害を必要とせず、求めなければ不要なもの、ソクラテスのパレーシアから「魂への語りかけ」包み隠さず、全てを言うことと、そして「私たちは何を知ることができるか?」(形而上学)、「私は何をなすべきか?」(道徳学)、「私は何を希望してよいか?」(宗教学)、「人間とは何か?」と、

「ワクチンに対しての」

プーチン、トランプに対しても、無知と偏見で良いのだろうか、世界のインテリ、芸術家たち、歴史、哲学においても、又、医学、科学に於いても、無知専門外であって良いのだろうか、陰謀論その他の考えがあることを知って、分かってての論考、この絶望の世界、時代にあって、それがパレーシアだと、真実、誠実だとしても、色褪せた布切れに過ぎなく見え、辺見、丸山、山口、etcらが、

「Qアノン、ホワイトハット」

世界を掃除していると言うが、量子金融システム、金本位、ネサラゲサラと、この2年追って来たが、未だ公然とはしていない、が、このような根本的な世界の変更が考えられ、進行していることの、コロナも、核も、DSも、人の邪悪も、この世界変更によって、希望へつながり、人間も捨てたものではないと、