「非常事態宣言というマジック」 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

「非常事態宣言というマジック」

人は魔法にかかったように、自粛を始め、培ってきた価値を放棄、停止する、希望の名の下に、決して絶望からではない、ロックダウン、ソーシャルディスタンス、マスク、ワクチン、言論統制、ファシズムヘと、

「小説が、散文が読めない」

世界が狂い始め、感情の持続が嫌悪、詩の俳句の、直截な言葉だけが、叙述や、描写や、テーマや、モチーフや、あらゆる意図する所のものが嫌悪、花を置換するなら、おはよう、鳥を置換するなら、元気?、怒りを置換するなら、嵐が、

「絶望主義とパンデミック」

核の絶望から発生した、私の絶望、直ちに影響はないとする、放射能から、直ちに重症化するというパンデミックへ、直ちに訪れる絶望、が、草木、動物が死に至ることはなく、人の死に至る病なだけ、人類の半数が死のうが、核の絶望のなどではなく、ウイルスと共存の、只の世界なだけ、ペストが、コレラが、人にルネサンスを、実存の感情を生んだように、このコロナを通してユマニテを、共存の世界へと向かうだろう、パンデミックを通して、核の絶望も、共存されることになるだろう、この目を見開き、世界のロックダウン、欺瞞、本質が、人に刻印されるなら、絶望を通した希望へと、

「フレデーマーキュリー、エイズで殺され」

PCRでエイズ陽性となり、在りもしないウイルスの、抗ウイルス治療薬、ワクチン打たれ、免疫不全へ、運命、宿命を臆せず受け止め、傲然と死んでいった、1991年、45才、私より一歳年上の、溢れる歌のエネルギー、情熱のほとばしり、

「コロナ」

権力は、不安と恐怖で、国民をいとも簡単に縛ることが出来ることを、目の当たりにする、戒厳令のような世界が、一夜にして誕生する、
作られたウイルス、作られたパンデミック、虚無、絶望へと、

「この団地で」

誰か新生児の声を聞いただろうか、道路を隔てた一軒の家からは、時折、虐待を受けているような、子どもの泣き叫ぶ声が、聞こえてくるが、犬や、カラスは常に鳴いているが、久しく子どもの、まして赤ん坊の声を、聞いたことがない、老人ばかりの所帯になったからだが、孫を連れてくる子供たちも殆どなく、独身の子供ばかり、新生児の争奪SF映画があったが、今や未来の世界がこの団地に、
コロナワクチンが、人口削減計画だとする、ワクチンのスパイク蛋白が卵巣に蓄積、ワクチン以外に、環境ホルモン、農薬、化学物質、放射能、電磁波と、不妊の要因は限りなく、

「金の支配を、権力の支配を」

超えたものが、文学、芸術、であると考えるから、人間は理想主義となったのだった、文学芸術が、絶望主義を持つなら、自由な、自然な、存在への賛歌、肯定の世界が、誕生するのに、私だけは世界を絶望から見、健気な人間たちを、微笑ましく、あと少しの味わいと、

「ソビエトが、中国が、キューバが」

階級闘争、自由、平等、独立、平和の名の下に、権力を取り、一党独裁、集団主義、計画経済、福祉政策、民族主義と、が、体制擁護、国家防衛の名の下に、国民支配、反体制の排除、抹殺を行い、今尚それらは続き、官僚支配、国際金融資本の支配、世界の富を数人で支配、通貨発行権という、グローバル資本という、資本主義対社会主義という、対立構造から、量子金融システム(QFS)、世界通貨改革(GCR)、世界統一政府(NWO)と、世界の完全支配へ、

「コロナの」

フェイク、インボー、ヤラセ、メディアの、政治家、官僚、学者、医師の、DSの企みを知っていてやっているのか、金だけ、今だけの、原発で世界が汚染、と同じ虚無、予定されていたような、世界同時パンデミック、ロックダウン、世界不況、IMFの金融支配、ワクチン、デノミ、NWOと、世界支配をしたからと言って、それがどうしたの、人口を削減したからと言って、持続可能社会にしたからと言って、それがどうしたのと、反原発を訴え続けている者へ、それがどうしたのと言うように、

「無能国家」

が、故に安心、有能であるなら、支配力を発揮し、国民をコントロール、権力強化の機会として、画策するだろう、無能がゆえに、みずからも不安と無策に、何も出来ない、国民も只流される、それでいいと、自由や、幸福、豊かさを、自然任せのように捉える、

「癌で余命いくばくかの女性が」

安倍の街頭演説会に、プラカードを掲げ、警察に排除された、最後になる抗議の表明だと言って、

大西が、ソクラテスの毒杯を仰いだことに対して、後世に何が自分の死が、有効かと考えると、助かる道か、法に従う道か、自分自身であるか、ソクラテスは、自分自身であろうと、自らを曲げないことの意味を示そうと、その上での後世における有効性であるはずと、

山口泉が、自由でありたいと、コロナ禍にあって、講演会を開いた大西に、生命の軽視だと、個人の自由と、全体の利益を天秤にかけたような組織だと、PCRだ、自粛だ、マスク、ワクチンだと、全体の利益の前に、個人の自由を抑圧、コロナ、PCR、ワクチンの科学性正当性を問わず、

「3.11から9年」

絶望も、核も、もうこれまで、あと10年位の生命、少しは楽しもうかと、奈良へ行ったり、中学の同窓会に出たりしていた矢先へ、コロナパンデミック、以来4ケ月、コロナとは何かに掛りっきり、ヤラセ、詐欺、マッチポンプであるのか、人は乗せられ、非常事態宣言、ロックダウンと、国家支配、管理、監視を受容し、世界はいとも簡単に、ひっくり返るさまを目にし、絶望がまたしても、圧しかかって来た、宗教とは違った、哲学の表明が求められているのではないかと、私のツァラトゥストラを再び、

「世界同時多発、コロナテロ」

G20が歩調を合わせて、ロックダウン、かつて、WHOの感染症封じ込めに奔走する、女性職員のTV、先端で、寝食、家庭を顧みず、封じ込めへと、世界を飛び回り、感激もしたドキュメント、コロナを通して、WHOの欺瞞、ワクチンの欺瞞、感染症の欺瞞と、次々と明らかになり、

「パンデミックとチャベス」

アジェンデとチャベス、チリとベネズエラ、最大の謀略がパンデミック、それに対して、民族自決、共同体の対抗、アジェンデはCIAに、チャベスは急性呼吸器感染症で、SNSによる暴露、南米の複数の大統領が癌に、自然死を装った殺人、パンデミックを通して、1%の陰謀が露見、

「3.11とコロナ」

3.11は反原発のうねりが、コロナは無知と策略の罠に、怒り、虚無、この10年人類は、想像を超えた現実を見てきた、コレラがどのように人類の意識を変えていくか、破壊と再生、失望と希望、パンデミックという世界規模において、初めて絶望が共有され、

「ロックダウンとマスク」

月に一度、人に会うだけの私には、毎日がロックダウン、脾臓がない私は、インフルンザには弱い、が、このコロナの陰謀に、世界はいとも容易く騙され、仕事、商売を休み、人を避け、マスクをつけて、政治への無知、権力への従順、医学、科学への探求、知識の無さ、お任せ、付和雷同、餅の窒息死より少ないコロナ死に、怯え、煽られ、