四十才のあの日、 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

 四十才のあの日、間違っていたら私は死んでいた、が、死ななかった私はその後、生き始めた、あれで死んでいたら、心残りだっただろう、あれから十年、私はいつ死んでもいいように生きた、今、あの人の心残りと、この生きられた私とを生身で感じているのだった、真に生きてはいなかった四十年を生き直す十年であった、生きることを生きた十年であった、それは生身で生きた十年であったからこそ、人の生身というものを問題にするのだった、家族との、友人との、文学、哲学との、死について、病気について、愛、意味、自由についての、生身とはこれら全てを解決、可能にするものであった、私が私において、私の生身において解決すればよいものであった、思索、観念することなどなく、私が私において、感じ、考え、行動すればよいだけのことであった、生身とはそうした、私対世界の向き合う、出会う、一期一会の関係以外の何ものでもないのだった、

 

生きて流れている私の時間との関係、あらゆる世界の問題は、私のレベルで解決可能なのであった、それが生身の世界、私対世界、私は私の時間の中で、たとえ残り少なくても、何が訪れても、この手中に生身という私の最高を得、この瞬間を通して、全てが判断出来る地点、どのような判断であっても私の頂点という、この私の生身の味わいをこそ無上とし、この生身の味わいこそ意味とし、全ては存在、しかし生身のこの私だけは唯一無二のものと、

 

 

私は見ている、子供の頃の、自然への興味のように、この生身の生きて流れている世界を、一枚の葉の、人の文化の峰の、どれも同じ私の生身として、人は歩く、人は見る、人は食べる、人は働く、生身とは世界を生きること、世界の全ての悲しみ、喜びを我がこととしていること、私に代って彼らが、彼らに代って私がと、

 

 

 私は、これからの十年を、求められるままに、心と身体任せに、私が世界を見守り、私とは私の心と身体の上にあるもの、その私だけは何一つ揺らぐことはなく、自在に私の心と身体を見守り、私対世界の主体としての生身の自覚、生身でこの時空に存在しているという、唯一性、奇跡性、永遠の彼方からやってきた私、瞬間の私という意識、ヤスパースの言うように、存在しうるし、存在すべき存在、この存在は実存としての私自身である、実存とは、主観、客観との両極のうちに現存在として現象するもの、実存の無限性は開かれた可能性として完結のないもの、実存と世界の統一は、自らその内に自覚して立つ者に確定されていくもの、個人性とは、実存としての私の生身の現象、実存とは哲学的思索の目標ではなく、その根源、哲学をすることとは、私が自己存在の根源から存在を把握し、私自身との交わりの内にのみ存在する自己存在を見い出す中、他と代置しえない私自身に出会うという中にあり、

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