葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります -20ページ目

葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります

1600年以上の歴史を持つ葛木御歳神社の宮司東川優子が日々思うことを書き綴ります。



神社って何?という話なんですが、神社って何でしょう。 

 先日のやまとびと主催の神道講座でもお話したんですが、万葉集などを見ると神社と書いて「もり」と呼んでいたんです。「杜」が森を意味する漢字に使われるのは日本独自で、中国では「もり」の意味は無いんです。日本人の感性で「鎮守の杜」は木々だけでなく、土=土地=御神域が大切だと云うことで、この漢字を当てたのでしょう。

 ・神社の建物が建ったのは奈良平安期以降が多く、もともと鎮守の杜は「御神域」そのものを指していました。そこに磐座や磐境がある。聖なる空間こそが「神社」なのです。 

 神職の講習会の時に、ある神社の宮司であり講師である先生の授業が面白く、とても大切な事をたくさん教わったのですが、その中でこんな質問をされました。
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 「もし、皆さんの神社のお社が例えば地震や火災や台風の被害で全壊してしまって、建てなおす資金がなければどうしますか?皆さんの考えをまとめてください。」 

 次の授業の日まで、色々考えました。私の奉職する神社は今も潤ってはいませんが、今からは想像もできないほど資金難でした。とてもじゃないけど再建などできそうにありません。さてどうすればいいのだろう?と答えが出ないまま次の授業になりました。その時の先生の答えは、まさに目から鱗でした。この言葉は、神社の本質を見事に突いていました。見事な答え!!先生の授業、先生のお考えの集大成でした。

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「私なら、こうしますよ。倒壊した建物は撤去して、白石を敷くんですよ。そうして、四隅に杭を立てて注連縄で結界を張るんです。その真ん中に木を一本植える。できれば岩も据える。それだけでいい。伊勢神宮の祭祀のように、その白石の上にむしろを敷いて菰の円座を置いて、庭上祭祀(ていしょうさいし)を行うんです。何も要らないんですよ。木が一本あれば。そこで祭りの日は丁寧に神様をお祭りするんですよ。神道は「こころ」なんです。ただ、清浄な空間さえあればよいのです。大切なのは建物ではなく、神様が依り坐す斎庭(ゆにわ)なんです。だから、建物が建てられなくても何も心配は要らないんですよ。。。」 

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 「あ!!そうか!!」それこそが神道のこころであり、真髄なのだ!!立派な建物ではなく、御敷地こそが大切に守るべきものなのだ!!と私は小躍りしたくなるほどの感動を覚えました。

葛木御歳神社の奥山を整えたい!という気持ちは間違っていない。場所を守る事、歴代の神職が守ってきた神様の宿る御神域の場所を守り後世に伝えることこそが、私たち神職の使命なのだと強く思ったのでした。

「文化としての神道」薗田稔著

もう一冊神道の本を。薗田先生は京大名誉教授で秩父神社宮司でもあられます。社叢学会でお目にかかりました。
文化と文明の違いから、日本神道と西欧の価値観を紐解きます。
「文明」は「civilization」で「civili」は市民社会という意味を持ちます。ですので、文明は都市の在り方を想定します。
それに対して、「文化」は「culture」で、派生語の「cultivate」は耕すの意味。日本神道は、農事を基本としているので、「文化」=「culture」に根ざしている。文明は世界共通部分が多く、グローバルであるのに対し、文化こそが、民族のアイデンティティを形作るものとして、大切にしなければならない。
激しく同意!すごく納得しました。

今年も御田祭を無事斎行できました。
田んぼや農業だけでなく、諸産業の弥栄を祈りました。












3日は御田祭です。氏子さんと協議して斎行することになりました。11時からです。
いつもなら、来てくださいと申し上げるのですが、今回は言えません💧
しかしながら、イナゴ除けの護符はお配りできます。いつも手伝って頂くのですが、今回は一人で150個作りました。これを早苗に見立てて田植え神事を行います。
昔の人は、疫病は虫が運ぶと考えてきたようです。神社本庁から回ってきた疫病鎮静祝詞には、
「五月蠅なす涌き漂える疫病の禍事昆虫(はふむし)の飛びゆくまにまに、はらえやり給ひ」とあります。
イナゴは蝗と書きます。イナゴ除けの護符は、災い除けの護符とも考えられてきたようです。もし、この護符を欲しいなぁという方はホームページからメールで住所などを教えてくださいませね❣️




先日、天理市の大和神社へ行きました。
その時宮司さんとお話していたのですが、今と同じような状況、いえ、今より悪い状況が第十代崇神天皇の時にありましたね。
疫病が蔓延して人々の半数以上が死んだと書かれています。
で、崇神天皇の夢枕に神様が現れ、天皇の詔で、祈願がなされます。
まずは、天照皇大神を宮中からお出しして、伊勢神宮に祭られることになります。こちらは、有名ですが、同じ時に、日本大国魂神も宮中から大和神社にお祭りされることになります。
そして、大物主神を大神神社に祭ります。
この時節、この由縁を知っていてわざわざ東京から自家用車で、大神神社と大和神社に疫病退散の祈願で来られた方があったそうです。

あとは、墨坂大神と逢坂大神を祭ることになったのも、この時期同じ由縁です。
各神社で、きっと神職も人々も祈っています。
皆さんの祈りが世界に届けば良いですよね。
写真は大和神社です。

HP更新♪
3月20日は11時から春分祖霊祭。
中川令子様のソプラノ、赤坂放笛様のバロックオーボエ、奥様のチェンバロの奉納演奏があります。
月替わり御朱印もアップしました^^
写真はみとしの森でのコンサートのものです。
今回は、お天気なら拝殿で行います。
観覧無料





今日は祈年祭でした。とても寒い日になりましたが、氏子さん崇敬者、俳句の会の方もお越しで今年の豊作の祈願をいたしました。
祈年祭は、としごいのまつりとも読み、「とし」は稔り、稲の稔りを表す古語で、「みのりを祈るお祭り」なのです。
新年が明けて最初に、今年も土地を使う許しを神様に乞うためのお祭りです。
日本では稲作と共に祭りがありますが、その最初の祭りです。
この後、田植え前に御田祭、夏のお祓い、秋の収穫祭、新嘗祭と続きます。
祈年祭と対になるのが新嘗祭、御田祭と対になるのが秋祭りですね。

御歳神社の御歳神様は、宮中で行われる祈年祭にも最初に呼ばれる神様で、御歳皇神には(と、皇神と呼ばれます!)、特に白馬白鷄白猪を供えるとあります。稲の守り神、御歳神はとても重要な神様であることを表します。平安時代、祈年祭に朝廷から奉幣を賜った神社が「延喜式式内社」です。

この重要な神事が御歳神社では行われなくなっていたものを15年ほど前に復活しました。
復活する際に、湯立て神事も併せて行うこととしました。
湯立て神事は、元は神功皇后も行った「探湯くがたち」で、これは神明裁判だったのです。無実を証明するための裁判ともいえることから、のちに潔斎、お清めとして広がり、湯立て神楽などにもなりました。
お湯を四方に降りまいて、四方祓いの後、参列の皆様の無病息災を念じて振りかけます。
寒いほど湯けむりがきれいに上がります。今年は炭を使うことで、お湯が沸騰した状態で神事を行えました。
寒い中たくさんのご参列ありがとうございました。
✳︎写真は御所ガール宮橋さんから頂戴いたしました。










旧暦のお正月も明けて、今日は月次祭です。

いつも思うのですが、12月はどんよりとした重い空気に包まれていたものが、お正月が明ける頃から少しずつ日の光に強さが戻ってきます。
そして旧暦の元旦を境に寒いながらも明確に春の空気に変わっていきます。

太陽は偉大だ!
と、いつも思います♪

これから「春待ち日」です。
ああ、木々の芽が膨らんできた。
ああ、山がほっこりしてきた。
ああ、今日は虫が飛んでいた。
小さな青い花が咲いた。
梅はいつ咲く?
桜まであとどのくらい?

想い人を待つような恋しい気持ちで春を待つ日々ですね。

祈年祭は、そんな春の「かすかな足音」の中で行われます。
新しい年が豊かな恵みの年でありますように、祈りを込めて。。。

ぜひ皆さま御参詣くださいね。

祈年祭の後、湯立て神事をいたします。
祈年祭は農耕の事始めにあたり大地の鎮めの祭りであると考えています。
ですので、湯立て神事でさらに無病息災を願い、大地を鎮める祈りとします。

斎湯を浴びて一年の無病息災を祈念ください。

「御歳神さまの特別な御幣」も頒布いたします。
幸を各ご家庭にももたらすため恵方にお祀りください。




昨日は、大阪発のツアー仕事です。春日大社、手向山八幡宮、氷室神社、率川神社、漢國神社。
漢國神社摂社の源九郎稲荷さんの御朱印がかわいくて、萌え〜💕💕でした❣️
こちらは見開き2ページの御朱印です。
明日は御歳神社正式参拝の後葛城の神社巡りツアー仕事です!