ベルリン・フィル ヨーロッパコンサート30年の

ブルーレイ鑑賞、

 

2017、18、19

そして2020年に到達。

この年のコンサートは

私の中で30年分のトップ3に入りそうです。

(プログラムの構成など総合的に見て)
 

 2020年

 

2019年に就任した

キリル・ペトレンコ氏の指揮は、

ヨーロッパコンサートでは2020年から始まります。

 

この年はコロナが始まった年です。

 

イスラエル公演が本拠地ベルリンに変更となり、

演目も変更。

 

無観客で室内アンサンブル編成。

 

その前の年にパリのオルセー美術館で

大勢の観客が細長いフロアに満席だったのと対照的。

 

観客がいないせいか、

音の響きは良いです。

 

全て無言、ノータッチ、

歩く足音までコツコツと響く異様な雰囲気。

 

ああ、そうだった。

あの頃はこんな風だった。

 

今はコロナが蔓延した当初の頃を忘れるくらい、

元の状態に戻ったんだと改めて気付かされました。

 

 プログラム

演目は
 

ペルト:『フラトレス』
リゲティ:弦楽合奏のための『ラミフィカシオン』
バーバー:弦楽のためのアダージョ Op.11
マーラー:交響曲第4番ト長調 (室内アンサンブル版)

 

私はクラシックの現代音楽は苦手なものが多いです。

不協和音など

聴き心地が悪かったり、

感情に訴える旋律がないのは不得意です。

 

ところが、

今回は、それで逆に深い感動に。

 

このプログラムはよく練られていると感じました。

 

得体の知れない病気が発生、不安が広がる、

病気が蔓延、人々が亡くなっていく、

人々は悲嘆に暮れ慰め耐える、

再び元の共に楽しむ時代へと戻っていく、、、のか、、、、

 

のような流れを感じる音楽でした。

 

解説を読んだわけではないので、

それが正しい解釈かどうかはわかりません。

 

でも、すごくしっくりきて、

あの頃の感情がリアルに思い出されました。

 

フラトレス

 

エストニア出身の作曲家ペルトの作品。

 

「フラトレス」=“親族、兄弟、同志“の意味だそう。

 

作品の意味するところは

調べて見つからなかったのですが、

 

この曲、

打楽器のクラベスか拍子木のような物が鳴り、

ヒタヒタと何か不穏な物が近づいてくるように始まります。

 

日本人の私は

「赤穂浪士」のテーマ曲と重なりましたよ。

忠臣蔵、赤穂浪士47人の討ち入り。

 

何か不気味なことが始まる、、、

足音が近づく、、、

 

どなたか共感していただけるかしら。

 

ベルリンフィルの動画がなかったので、hr交響楽団の動画です⬇️

 

そしてこちらが赤穂浪士のテーマ曲⬇️

 

「フラトレス」は弦楽器がすごいです。

 

家族の団欒を表すような温かみのあるハーモニーが、

不協和音に変化するのを繰り返す。

 

コントラバスが、全体のトーンを決めるように

ずっと不気味に響く。

 

コロナが始まった当初の、

 

どうなってるんだろう、

どうなっていくんだろう、、、

 

家族で息を潜めるように過ごす、

目に見えないものへの

不安な状況が浮かんでしまいました。

 

 

ラミフィカシオン

 

ラミフィカシオンは、

分岐、枝分かれという意味だそうです。

 

ウィキペディアによると、

弦楽器は微分音を使用してるそうで、

調律を

四音分高く調律したものとで

わざと狂わせることで、

調性しようとする不安定な揺れを期待したものだそう。

 

その辺の音のことは

私にはわからなかったのですが、

この曲の無機質さ、不協和音、

フォルテになっていくことで、

何か不気味なものが増殖していくような怖さを感じました。

 

コントラバスが

ここでも全体のトーンを導いているようにも感じました。

 

弦楽のためのアダージョ

この曲は、

ジョン・F・ケネディの葬儀で使用されてから、

葬送や慰霊祭の定番曲となったそうです。

 

(作曲家サミュエル・バーバーは

葬送曲ではないと不満を漏らしたそうです。)

 

 

美しく悲しい旋律。

コロナで犠牲になった方々への鎮魂歌のよう。

 

交響曲第4番ト長調

最後はマーラーの長調です。

 

鈴の音が響き、まるでクリスマス。

 

クラリネット、オーボエ、フルートの木管楽器、

フックス氏、マイヤー氏、パユ氏と

アバド世代の3人が

一転して明るい音楽をもたらします。

 

天上の生活を表す音楽。

 

ヴァイオリンも楽しい旋律。

 

これは明るい未来予想図かと感じさせ、

この不安定な先の読めない時代も終わる

という希望を持たせたプログラムなのかと思いきや、

 

第4楽章の

ソプラノ独唱の歌詞を調べると、

そう単純ではなく、ドキッとしました。

 

 

「少年の魔法の角笛」という

ドイツの民衆歌謡の詩集を用いている歌。

 

天国での楽しい暮らしを歌っているものの、

歌詞の一部を抜粋すると、


我らは天上の喜びを味わい
それゆえに我らは地上の出来事を避けるのだ。
どんなにこの世の喧噪があろうとも
天上では少しも聞こえないのだ!

 

地上では、子羊が犠牲になり、

ためらいもなく牛を犠牲にする、など

隠喩も含んで表現され、

 

地上で何が起ころうとも、

天国では関係なく喜びに満ちている、と書かれてます。

 

これをどう解釈しますか?

 

この世の苦しみから解き放たれて、

天国で幸せに暮らせると喜ぶべきなんでしょうか。

 

それとも、

 

私たちの住む地上で何が起ころうとも、

我関知せずで、

天上は全く別の世界、幸せに浸っている。

 

私はちょっとゾッとしました。

 

この公演でこの曲をチョイスされたのは、

ドイツはクリスチャンが多いからですかね。

天国を信じている方には

喜びの歌で結ばれると解釈できるってことでしょうか。

 

それとも、ドイツでも

シニカルな意味をも含んでいるのでしょうか。

 

解釈はどちらにしても、
クリスティアーネ・カルク氏の

ソプラノは素晴らしかったです。

 

そしてペトレンコ氏の指揮、良かったです。

 

どこが良いかは、

専門的なことがわからないので、

的確な言葉にできないのですが、

 

アバド氏と似た、

奏者と会話する系でもあり、

(その場で完成する即興的なスリリングさがある)

毅然とした指揮のカリスマ性もあり、

曲への入り込み方の深さを感じるところもあり、

 

これからもペトレンコ氏の指揮で

演奏を聴いてみたいと思いました。

 

この公演は深く心に沁みて、

すでに2回視聴しました。

 

1つ気になるのは照明の色。

少し黄色が強くないでしょうか。

何だか肌の色が黄疸みたいに見えちゃうんですが、、、

 

(、、、とこれを書いてから調べたら、

黄色には

西洋ではキリストを裏切ったユダを指す色で

衰退・病気・憂鬱etc…の否定的な意味があるそうなんで、

照明もそんな色合いなのか?

偶然そう感じただけの気がしますがてへぺろ

 

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。

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