今日はヨハネス・ブラームスの親友、

ヴァイオリニスト、作曲家、教育者であったヨーゼフ・ヨアヒムの若い頃の話です。

 

F.A.E.ソナタ(1853年シューマン、ディートリヒ、ブラームス作曲)

をメインに

ヴァイオリンソナタ第3番イ短調(シューマン)

Abendglocken Op. 5 (同年ヨアヒム)

も触れ

 

ヨアヒムのモットーFAEに込められた2つの意味

ヨアヒムのもう1つの音型GIS・E・(L)Aについて

これらの音型を使った曲の背景を探ります。

 

クローバー調べたことを1つの記事にまとめたので長文です。

トピックも今までの記事で関連のあるものはアップしています。

ご興味のあるトピックにタイトルで飛んで読んでいただければと存じます。

 

推敲ができていないので、今後少しずつ手を入れるかもしれません。

判りにくいところがありましたらお知らせください。

 

 ヨアヒムの2つの音型

 

1856年、入院中のシューマンの具合が悪化した頃の

ブラームスの書簡をチェックしていたら

(ブラームスとクララ・シューマンを調べていました)

ヨアヒム宛4月25日の手紙に

 

FAEGIS  E LA

 

当時のヨアヒムのモットー&コード(暗号)が謎解きの答えとしてありました。

ヨアヒムが自作品に入れていたのです。

 

FAEはシューマン、ディートリヒ、ブラームスの3人で

ヨアヒムのために作曲した

F.A.E.ソナタ

で有名。

 

「Frei aber einsam 自由だが孤独に」

の頭文字FAE「ファ・ラ・ミ」を使った曲です。

 

ではGIS E LA「ソ♯・ミ・ラ」は?

 

書簡集の解説を読みさらにネットで調べると

 

ブラームスとクララ、ロベルトの

複雑なラブ・トライアングル(三角関係)

に匹敵する恋に

身を置いていたヨアヒムの姿がありました。

 

一昨日の夜は情報収集で文献を読んでいたら夜中の2時を回ってしまいました。

調べると芋づる式に人物や曲が繋がります。

 

ブラームスとクララだけで手一杯なのに。

 

仕入れた情報で簡潔にまとめたいと思います。

 

 登場人物

 

ギーゼラ・フォン・アルニム(Gisela von Arnim):1827年 - 1889年ドイツの女流作家。

 アヒム・フォン・アルニム(ドイツロマン主義の代表的文学者)と

 ベッティーナ・フォン・アルニム(女性作家・文学者でベートーヴェンやゲーテ、シューマン夫妻ら著名人との交流でも有名)の娘。

 

ヘルマン・グリム(Herman Grimm):1828年ー1901年ドイツの文化史家・著述家。ベルリン大学教授。

 グリム童話で有名なグリム兄弟ヴィルヘルム・グリム(弟)の息子。

 ユリウス・オットー・グリム(ブラームスの親友。一時期婚約していたアガーテ・フォン・ジーボルトと友人)とは同姓だが親戚ではない。

 

この2人とヨアヒムは三角関係になってしまいます。

 

 出来事

 

1841年ギーゼラ(14歳)とヘルマン・グリム(13歳)が出会い友情を育む

1849年ギーゼラ(22歳)とヨアヒム(18歳)がワイマールで出会う

 

ヨアヒムがギーゼラと知り合った時

幼馴染のグリムと恋愛に発展していたか調べた範囲ではわかりませんでした。

けれど

3年後の1852年から悲恋が読み取れるヨアヒムからギーゼラへの手紙が残っており

この時点でギーゼラとグリムは恋人だったようです。

ギーゼラがはっきり断れば失恋で終わっていたのでしょうが

ギーゼラもヨアヒムに惹かれていたようで

三角関係となり

その関係は1857年まで続き、手紙が残っています。

クローバーヨーゼフ・ヨアヒムのサイトより(参考文献欄記載)

ギーゼラの手紙は保管されているものの出版されていないようです。

 

この三角関係は

グリムとヨアヒムが親友ということで複雑さを増します。

 

ギーゼラとグリムとは

同じタイミングで知り合ったようです。

 

友人の恋人を愛してしまうという

非常に辛い立場が10年ほど続いていたなんて。

 

きっと3人で同じ場に居ることも多かったでしょうし

どうして耐えられたのでしょう?つらすぎる。

 

ブラームス書簡集編者によると

1856年の4月の時点で既にギーゼラとグリムは婚約していたとのこと。

 

だのにまだヨアヒムは諦めきれず

FAEGIS  E LAを使ってブラームスの謎解き手紙となったわけです。

 

けれど文通が止まった1857年はロベルト・シューマンが亡くなった翌年で

経済的必要性のあるクララと演奏旅行で忙しい頃。

 

ヨアヒムは師匠の逝去と多忙で心境の変化もあって吹っ切れたのかも。

この頃のブラームスのクララ宛の手紙で

ヨアヒムの気分のムラを愚痴っているので

(ヨアヒムのことを悪く書いてるのを見たのは書簡集では初めて)

ヨアヒムの心は傷つき荒れていたのかもと想像してしまいます。

 

1859年10月24日ギゼーラとグリムは結婚

1862年4月ヨアヒムはコントラルト歌手のアマーリエと出会い

翌年1863年6月結婚

 

これで一件落着と思いきや

 

Google AIで調べると

1859年から1872年まで“穏やかな友人関係“は続き、

1872年に突如その関係も終わったらしいです。

 

元々グリムとヨアヒムは友人ですから

交友が続いても不思議ではないですよね。

 

ただ

交友が突然完全に終わった

って

 

何かあったの?

 

と思わずにいられない。

 

けれど今回は深追いしないことにしました。

(既に長文なので)

 

それぞれの結婚前後に

ヨアヒムとギゼーラは気持ちの整理をつけていたのでしょうか。

 

ブラームスがクララへの気持ちの整理をつけて

アガーテと婚約したと思える状況に似ているのでしょうか。

 

 

 F.A.E.ソナタ

 

F.A.E.ソナタがヨアヒムに献呈された

1853年秋

ギーゼラとヨアヒムが惹かれあっているとシューマン夫妻も気づいていたようです。(グリムと三角関係はその時知らなかったと思います)

 

クララ・シューマンの日記には

ヨアヒムにソナタをプレゼントしたと思われる日

1853年10月28日)の記述があり

ギゼーラも母と来ていた

 

彼女(ギゼーラ)はヨアヒムをとても好きなようだ

 

と書いています。

 

ロベルト・シューマンに至っては確信的で

担当したF.A.E.ソナタ第4楽章にはモットーのFAEだけでなく

GIS・E・(L)Aまで曲に入れています

クローバーヘンレ・ブログより(参考文献欄記載)

 

時系列がはっきりしないのですが

F.A.E.ソナタと同じ1853年秋に作られた

ヨアヒム作曲『3つの小品 Op. 5』

(Three Pieces for Violin and Piano: 

Lindenrauschen, Abendglocken, Ballade)

がギゼーラに献呈されており、

AbendglockenにもFAEGIS・E・(L)Aの2音型が含まれるので

この曲を聴いて

ロベルトが気づいてソナタへ入れたように思えます。

 

ということは

ロベルトはギゼーラをヨアヒムのために呼ぼうと

友人であるギゼーラの母を招待して

一緒に連れて来させたと思うのですがどうでしょう?

 

ロベルトってこういう記念日の準備に熱心なので

(クララへの誕生日もそうですし)ありそうです。

 

ソナタをプレゼントした時の様子は、

ギゼーラが結婚式のフラワーガールの衣装で

楽譜(自筆だとバレるのでわざわざ記譜を頼んだ)をヨアヒムに贈呈、

その場で初見で演奏、

誰がどの楽章を作ったか当てたのだそうです

クローバーノートルダム大学の美術学・人文学・社会科学部サイト記事と

ヘンレブログ記事より(ともに参考文献欄記載)

 

 

ギゼーラの登場の仕方、

なんとなくロベルトの発案ぽいと私などは勘繰ってしまいます。

結婚式を想像させるじゃないですか。

第4楽章の音型も意味深ですし。

 

ロベルトは

FAE=自由だが孤独“な日々は

GIS・E・(L)A=ギゼーラ“と結婚して

ハッピーエンディングとしたかったのではと想像したり。

 

だから三角関係は知らなかったと思います。

 

けれど

ヨアヒムの複雑な恋愛を知っているブラームスが作った

第3楽章は見事にその状況を想像させる音楽です。

 

激しくて少し荒削りで

ヴァイオリンの弓が

生身を引き裂くような音色を立て痛々しい。

 

中間部はヨアヒムのインスピレーションの源、

ギゼーラを表すかのように気高い美しさを感じますが

全体的に若さや真っ直ぐな思いをイメージさせます。

 

1860年に発表したブラームスのセレナード第2番は

ヨアヒムをイメージして作っていますが、

同じくヨアヒムを意識して作った

F.A.E.ソナタ第3楽章とは全く印象が違います。

 

クローバーヨアヒムを音楽に表現した作品の話です⬇️

 

 

 FAEの2つの意味

 

ブラームスがFAEのモットーを

そのまま音型としてソナタに入れなかったのは

一般的な“自由だが孤独“という意味ではなく

ヨアヒムにとって個人的な深い意味があったと知っていたから

と想像しました。

 

1人で自由=ギゼーラとは結ばれず孤独

さらに

ヨアヒムはFAEにもう一つの意味を持たせ

ギゼーラに捧げていました。

 

それは

FAE=Für Alle Ewigkeit(永遠に)

 

ヨアヒムは

ギゼーラがグリムと婚約・結婚しても

 

私は永遠に(FAE)あなたのものです

 

と伝え

ギゼーラ宛の手紙の封印に

「FAE」をシーリングスタンプとして押していたのです。

 

それに対してギゼーラのシーリングスタンプは

アモルとプシュケの神話で知られるプシュケ

 

ギリシャ哲学でプシュケは「魂」アモルは「愛」のシンボルで

「プシュケとアモル」は

魂と愛の両方を備えた真実の愛

とのこと。

 

と同時に

そこに至るまでは許されざる恋の道のりなので

ギゼーラは自分たちを重ね合わせたのでしょうか。

クローバーシカゴのニューベリー図書館のブログ記事と

アトリエ・ブランカ新ART BLOG記事より(参考文献欄記載)

 

グリムとヨアヒムは

ギゼーラただ1人を愛していますが

ギゼーラの心中は?

2人を同時に愛していたわけで、、、

複雑な気持ちにさせられます。

 

 

シューマンのヴァイオリンソナタ第3番

 

シューマンはF.A.E.ソナタの自分の楽章を

ヴァイオリンソナタ第3番に組み込んで完成させました。

最後のヴァイオリン協奏曲のように長らく封印されていました。

ヨアヒムも公の場で演奏していません。

 

クローバーヨアヒムの協奏曲封印理由など書いています⬇️

 

理由は

ロベルトの病気がひどくなっていた時期で

協奏曲同様、作品の完成度に問題ありとヨアヒムやクララらが出した決断でした。

 

ヨアヒムがソナタ第3番を演奏しなかった理由は

その理由以外に

FAEとGISELAの2つの音型が入った作品を

ギゼーラと別れた後に演奏したくなかったからかもしれません。

 

同じく2つの音型を入れた自身の作品Abendglocken

 

とても特別な気分の中で創作したので

本当に親しい友人以外の前では演奏したくない

 

と書き記しているそうですから。

 

ブラームスがヨアヒムが離婚訴訟を起こしアマーリエと別れ

ヨアヒムの怒りを買った後に作った

交響曲第3番

 

ヨアヒムのモットーから作った自らのモットー

FAF=自由だが楽しく

を入れて、

その後ヨアヒムに指揮を頼んでいますが、

もしかしたら

 

アマーリエと別れて“自由“になったけど

“孤独“にならず“楽しく“いこうよ

 

といったメッセージも込めていたのかも

と、ふと頭をよぎりました。

 

 

 

クララも作曲するはずだった?

 

ヘンレブログ記事には

F.A.E.ソナタはクララも作曲予定だったかもしれない、とありました。

なぜなら第4楽章あり

ひとりだけ2章分をロベルトが担当しているから。

 

クララがその1つを作るはずが

体調不良等の理由でロベルトとなったかも、と。

 

1853年9月、F.A.E.ソナタ献呈少し前に妊娠が判りましたから

悪阻もあっただろうし、ロベルトの具合も悪いしで

超短期間で作曲は無理だったことでしょう

 

クローバー妊娠判明時などについて書いた記事です⬇️

 

 F.A.E.ソナタ演奏

 

第1楽章:ディートリヒ

第2楽章:R・シューマン(11分55秒から)

第3楽章:ブラームス(14分20秒から)

第4楽章:R・シューマン(19分4秒から)

 

以前、樫本大進さんとエリック・ル・サージュさんの演奏をライブで拝聴し

どの章も素晴らしく感じました。

 

作品の好みとしては、やはりブラームス。

FAEに秘められた意味を知るとさらに胸に刺さります。

 

 参考文献

 

Clara Schumann: 
An Artist's Life Based on Material Found in Diaries and Letters
(Berthold Litzmann編集・著)

Johannes Brahms LIFE AND LETTERS 
(Selected and annotated by Styra Avins
Josef Eisinger and Styra Avins英訳)

 

ヨーゼフ・ヨアヒムのサイトにある

ヨアヒムからギーゼラ宛の手紙の記事⬇️

 

 

出版社ヘンレのブログに書かれた

F.A.E.ソナタについての記事⬇️

 

ノートルダム大学 美術学・人文学・社会科学部サイトの

F.A.E.ソナタを献呈した時の様子など書かれた記事⬇️

 

シカゴのニューベリー図書館の記事⬇️

 

アモルとプシュケについての記事⬇️

 

Wikipedia(日本語、英語版)、GoogleAIも利用しました。

 

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。

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