朝から区の保健師さんの電話で起こされる。

先週、区の保健センターで有った、発達に関しての診察に来なかったけれどどうしたのかと言われた。
そういえば言われてたなあと思いながらも、行くとは言っていなかったはずと告げる。

その後も色々と質問をされ、その度に「できません」「まだです」を繰り返す。
寝返りも先月できたんですよねえと言われ、ちょっとゆっくりですねえと心配そうに言われたので、寝起きで機嫌が悪かったのと、自分の仕事に置き換えると有り得ない対応に、つい反論してしまう。

「それは1歳過ぎてからの寝返りに問題があるのですか?」
「いえそんなこと無いですよ。結果的にできたのなら問題ないです。」
「じゃあ寝返りに関しては問題ないのですよね。何か問題有るような言い方されていますけれど。」
「いえそんな言い方してませんよ。ゆっくりだと言っただけです。」
それは言葉上の問題だけだろう、そんな政治家みたいな逃げ方してどうやねん、と思いながらも言った言わないで争うのも馬鹿らしい。

「来月にも診察日が有りますので来てもらえますか」
「毎日通っている保育所の先生にも心配ないと言われていますし、かかりつけの病院でお会いしている保健師さんに聞いてみます。」
「ただ一般的に比べて遅いと思いますので...」
「何度もミトモに会っている保育士さんや保健師さんに、色々アドバイスをいただいたら、信用してきちんと話しも聞きますし対応します。1年前に少し会っただけのあなたよりも信頼していますから。」
「お会いしていないので、お母さんの話しからそう言ってるんです。」
「私の話しはあなたの質問に答えただけです。答えだけの判断よりも、実際にミトモに会った人の判断を参考にします。」
「...分かりました。ではこれで連絡は最後にします。」

そう言って電話は切れてしまった。
多分彼女には、頑固でややこしい母親だと映っているに違いない。

大変な仕事だと言うことは理解できる。でも自分だったら?と考えてみた。
先ずはやはり話しを聞くだろう。私(母親)が今どう思っているかを。
そしてその話の中で、私(母親)が子どもの成長について不安を感じていると見受けられれば、その不安な気持ちを共感しアドバイスをしたり受診を勧めたりするだろう。
もし私(母親)の話しの中で自分が問題点を見つければ、それを指摘するのではなくその事実を確認(面会)し、自分の考えを客観的に整理した上で私(母親)にアドバイスをするだろう。

ケアとはそういうもんだと思って私は仕事をしているのだけれど、違うのだろうか。
1人で何かをしている時に思い通りに行かないことがあると、泣き出すようになった。
積み木が上手くできない時や、取りたいおもちゃが取れない時、「ふえーん」と悲しそうに泣き出す。

その声が聞こえると、すぐに寄っていき何に困っているのか探して助けてやる。
多分その事が分かっているのか、私が行くとすぐに泣きやみ
「ばぁぐびばぶあ」と喋りだす。多分こうしてほしいと説明してるのだろう。

私はできる限り、助けて欲しい時にはいつでも助けてやりたいと思う。
ミトモがいつでも助けを求められるように。いつでも助けてもらえると安心できるように。

母親に一切の助けを求められなかった、私のようにはならないように。
助けを求めることが怯えではなく、安らぎだと知るように。
昼間にバーゲンを堪能?した後、夜は1人で友部正人さんのライブを堪能した。

友部さんのライブに来るのは2年ぶりか。

狭い芝居小屋での桟敷ライブなんて、一体何年ぶりだろう。

整理番号はそんなに早くはなかったけれど、みんな遠慮してか後ろから席が埋まっていったので、私は前から2列目のほぼ正面に陣取った。

狭い小屋と缶ビールと、そして友部さんの歌と。

最高の夜!
バーゲンにまだ行ってない。
去年も一昨年もバーゲンには(というよりも買い物に)無縁だったので、今年は久しぶりにバーゲンで買い物を楽しもうと思っていたのだけれど。

今日ようやく3人でそごうまで出かける。
そごうは最近のお気に入りで、狭いけれど雰囲気がとても良い。
お客もそんなに多くなく、何よりお客も店員も上品な感じがとても落ち着く。
ベビーカーでエレベーターを待っていると、別ルートで優先してくれるのも嬉しい。

残念のは私の好みの服が置いていないこと。私には上品すぎる。

それでもベビー服売り場には大好きなbabyhakkaが有るので、そこで欲しかった服がバーゲンになっていたのを見つけて即買いする。

結局、ミトモの服と彼の晩ご飯と台所用品を買っただけで、今日の買い物は終了。
なんだかバーゲンを堪能したようなないような。
「はい!」とやたら返事だけはいいミトモだけれども、最近は何でも「はい!」だ。

名前を呼んだらもちろん「はい!」だが、
本を読んで欲しい時も、本を目の前に持ってきては「はい!」と両手で持って差し出す。
食事中にスプーンにすくって欲しいと「はい!」とスプーンを突き出す。
抱っこをして欲しい時は、目の前まで来て「はい!」と両手を上にあげる。

自分の要求をすべて「はい!」で済ませている。
聞いてやらないとずっと「はい!」「はい!」と言い続けている。
まるでお願いしていると言うよりも命令だ。

もうちょっと謙虚に頼んではくれないだろうかと思うのだけれど。
今日から仕事始め。彼はまだ休みだったけれどミトモを保育所に連れて行く。

何か変わったことは?と聞かれ、ますます喋りになりましたと応える。

お正月は楽しかったですか?と聞かれ
ええまあと言葉を濁す。

まさか離婚の危機だっとは言えない。

職場でも同じく聞かれ、ええまあと言葉を濁した。
彼の実家に1泊する。

またもやカルチャーショックを受ける。

なんで一度も会ったこと無い彼のいとこから、ミトモ宛のお年玉が届くんだ?
なんで彼のいとこの結婚相手の親の葬儀に、彼が出席しなくちゃいけないんだ?

なんで私そっくりのミトモを見て、私のことは一言も触れずに(彼)そっくりやねーと、親戚一同盛り上がるんだ?

なんで彼のいとこの子どもに、彼名義のお年玉をお母さんが用意してるんだ?

あまりの親戚づきあいの広さと、義理づきあいの多さに辟易した。
以前来た時とうってかわって、ミトモは彼のお母さんにもお祖母ちゃん(ミトモのひい祖母ちゃん)にもとても懐いてくれて、みんなとても嬉しそうだし私は一安心する。

我が家とは比べものにならない広い部屋の中を、ミトモはあちこちと動き回り、その度に危ないからと引き戻されてはまた喜んで動き回る。

喋りまくり動きまくり、ほとんど泣くことがなかった。

泣かないミトモはお母さんが相手をしてくれるので、とても楽ちんだ。
その分お母さんはかなり疲れたはず。
替わりに家事を手伝うわけでもなく、昼寝をしていた私はどう思われているのかちょっと気になる。
今日は予定通り彼の実家へレンタカーで行く。

もし昨日の謝罪が無ければ、彼のお母さんに話しをして今後のことを考え直したいと言おうと思っていた。
昨日謝罪が有ったので、このことはもう話さないことにした。

夕方頃に実家に付くと、ちょうど帰ろうとしていた親戚の人たちに会い、新年の挨拶をする。
みんな口々に(彼)ちゃんに似てるねえ、(彼の弟)ちゃんにも似てるねえと楽しそうに言うが、私に似ているとは一言も言わないのが面白い。
誰が見ても私似だというのに。
(彼の弟も彼とは全然似ていない。だから彼の弟に似ていると言うことは、彼には似ていないということだと思うのだけれど...)

前回来た時とは違って、ミトモも彼のお母さんにとても愛想良くてお母さんも嬉しそう。
私も泣くたびに呼ばれることが無くなったので、少しはのんびりとできるようになり、お母さんに任せて1人でテレビでも見てこようかと思う。

夕食時になって、ミトモちゃんにはこれどう?とインスタントの雑炊を取り出してくれたが、パッケージを見る限り卵が沢山入っていて「お母さん、これ多分卵入ってますよ」と言うと
「あらー、そういうのもアカンの。大変やねえ」と言われ、まだまだこれはミトモを1人にできないと気を引き締める。
夕方、彼の昔からの友人と彼女が遊びに来たので、一緒にご飯を食べる。

年末から私が怒っているのを知っていた友人たちが理由を尋ねてきたので、30日の出来事をひととおり説明した。
そして彼にあらためて「なんで怒ってるか分かる?」と聞くと、遅く帰ってきたからと返事があったので、やっぱり分かっていないと呆れてしまう。

友人の彼女さえ、その話しを聞いて「謝っていない」ことに怒っていると気が付いたというのに。

もう今度こそ最後にしようと思いながら「謝っていない」ことを彼に説明し注意する。
彼はようやく気が付いたようで「悪いとは思ってる」と言ったが、友人の彼女が
「謝るのはそういうことじゃないと思う」と、私の気持ちを代弁してくれた。

友人たちが帰ってから、彼が私の前に来て「ごめんなさい」と謝った。
私は(そうじゃないだろう、本気で謝るなら手を付いて頭を下げて「すみませんでした」だろう)と思ったが、彼にとってそれが精一杯の謝罪なのだろう。
半ば諦めの気分で彼の謝罪を受け入れて、もし今度こういうこと(悪いと思うのに謝らないこと)が有れば即別れるからと彼に言い放つ。