2026年9月 日本宗教学会での発表ー茨木事件とは何か | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 

 この度、下記の文献公開にかんして、学会でご報告いたしました。 御参加された先生方ありがとうございました。

  

 
 報告要旨も学会編集委員会に送付して、来年には刊行されるでしょう。
 
 1600字以内なので、十分に書けませんが、以下がその主旨と反省の考察です。
 
 天理教の未来を危惧する人、地場の責任者は、この課題から逃れることは出来ないはずです。  
 
 
・天理教の茨木事件とは何であったのか? その史実は、公開された資料で詳しく理解することができる。
 茨木側と本部重役との交渉が記されている。  本部側は天啓そのものを否定し、その内実には全くふれなかったこと。
 明治天皇の崩御の預言からはじまるが、以下のことだけ明かした。  
 この間、本部重役である、増野正兵衛、中山真之亮、喜多次郎吉の出直しが茨木の啓示で預言され、実現した。
 北大教会の財産の移転登記が法律上実施された翌日に、本部の財産である上田奈良糸が身上となった。  
 
・天理教の通常の天啓事件とは性質が異なっていることが今回の研究の大きな主旨でした。
 
  通常の異端事件・・・地場の聖地性を否定し、あらなた中心軸を立てる。
  茨木事件・・・地場から天啓が生まれ、地場の人衆を仕込むために天啓がある。
 
・御本席の遺言の「百日さしづ」で説かれている「つなぎ」「神の機械」の意味に関連して、茨木が説く「機械」とは神の言葉を伝える役割という意味から新たに継続性が理解できる可能性を示唆する。
 
・従来の「百日さしづ」の解釈において、「つなぎ」を上田奈良糸へのおさづけ渡し役の後継に限定的に理解したこと、狭く理解したことに誤解が生じた可能性を指摘する。  
 
・天理教の統治構造の視点から、天啓が否定されこと。その結果、中山家中心の体制に天理教は移行しこと。天理教の世俗化が決定したと解釈する。中山たまへと松村吉太郎がこの体制作りに貢献した史実を明かした。 
 
・十分話せませんでしたが、本席時代の統治構造は、「裏は鍛冶屋に、表大工」という二本柱でした。
 
  真柱 と 本席    ・・・・これが本席様が明らかした統治構造です。  
 
  しかし、人間として飯降伊蔵は常に、真柱を立てて、へりくだっていました。
 
  そして、『おさしづ』そのものが軽く扱われているという天理教のあり方そのものが問われています。   
 
・北大教会の勢力が、とてつもなく大きく、地場を乗っ取ることが危惧され、天啓そのものが否定されたのではないかと、フロアの宗教学者から指摘された。  天啓否定は地場の統治構造と直結した課題です。 御言葉に「内からの大砲は防げない」とも。
 
・北大教会から分離した教会系統が図示された。 麹町大教会ー愛町分教会の流れもあり、愛町分教会は天理教内の一大勢力として著名ですが、この意味を北の流れから掘り下げる研究課題があるでしょう。 これも研究したいテーマです。  
 
・富雄に門出した茨木家の天啓の行方とは? 茨木基忠にも天啓があった。 孫の茨木基則氏の経歴を簡単に報告する。  東大宗教学科の大先輩です。  
 
・茨木が残した神の言葉の翻刻を今後継続していきたい。 私の残りの人生の仕事となります。