明治の文豪、徳冨蘆花(1868~1927:本名健次郎:以下、蘆花)は後半生、東京の世田谷区に住んでいたらしく、その住居あとが、芦花公園として、区内にある。
蘆花に関する博士論文が韓国の済州大学校大学院に提出されている(以下のサイト)が、大変な研究である。
蘆花の文体は漢文調で、読みづらいが、自然派文学者として、自然3部作が有名らしい。『自然と人生』はベストセラーとして売れ続けたらしい。
oak.jejunu.ac.kr/bitstream/2020.oak/21410/2/徳冨蘆花の初期作品考察.pdf
さて、蘆花は明治42年の秋に、天理教の教会(千山支教会)の秋祭りに招待され、その訪問談を随筆として残している。
以下の書籍サイトの「天理教の祭」(明治四十二年 十二月四日)という文章が残っている。
訪問した教会は、天理教千山分教会で、この教会はいまでも、芦花公園の近くにあることが分かった。
<天理教千山分教会>
子供食堂も運営していて、天理教の世田谷支部の中にある。支部のサイトがあるのは珍しい!
明治末の世田谷には農民が多かったことが、蘆花の作品から分かった。
天理教は、農民のための平和な宗教という印象がもたれていた。
信徒が国民の10人に1人くらいか? 相当信徒がいた時代の天理教の風景がわかる。
記録のために残す。