さいたまからさっぽろへ -2ページ目

愛よその日まで



作詞:阿久悠 作曲:布施明

『もしも今から100年が過ぎ 僕らに良く似た子供たちが 微笑と歌とを忘れない時 人はみな愛せるかもしれない その頃には緑が地にしたたり やわらかな陽射しが花を咲かせる・・・』

劇場版アニメ『ヤマトよ永遠に』主題歌。
ずいぶん前の歌ですが、今改めて聴くと涙がでてきます。

そもそもヤマトって、放射能除去装置をイスカンダルまで取りにいくというお話だったわけで。

放射能から子供を守るために、大好きな故郷を離れている人は、是非聴いてみて下さい。


ところで
妻と子の北海道での新居がようやく定まりました。

北海道の皆さんの優しさで
厚別の雇用促進住宅でお世話になり、
「助けあい北海道」のサイトで各種家電製品や家具、食器、ベビー用品etc.も譲っていただき、
本当に助かりました。
買い物も便利で住み続けたいところではありますが、
ウチにはさらにワンコがいるので
雇用促進住宅にはいつまでもいられないのです。

なんとか礼金なしのペット可物件に出会えましたので一安心です。

とにかく妻と子には安心して普通の生活を送って欲しい。

たとえ生活レベルが落ちようとも
マスクなしで散歩できる普通の生活を。

そして100年後も
僕らに良く似た子孫たちが
笑って暮らしていてくれたらいいな。

昔は、テレビのニュース見たり新聞読んだりしないとバカになるって思ってた。

国内企業、電力不足で日本脱出続々 “思い付き”脱原発にも不信感(産経ニュース)

この産経新聞のニュースを読んで、ものすごく煽ってる感があったのでちょっと調べてみたのです。
以下、各社のプレスリリースより判明したこと。

【三井金属】
マレーシア工場への新ライン設置の目的は、当製品製造の主軸である上尾事業所のあくまでもバックアップとして機能させることであり、不測の事態が発生しない通常時は、従来通り上尾事業所での生産を継続いたします。

【富士通セミコンダクター】
東北工場の被災による供給力低下を補うための事業継続計画のひとつであり、電力不足による工場国外移転などではない。

【HOYA】
デジタルカメラ・光学レンズ市場は、今後も中国を中心とした新興国市場において、需要増加が見込まれており、原料調達の観点でも、中国を中心とした資源産出国との緊密な関係が重要度を増している。そのため、中国に新たな生産拠点を設置し、市場に密着した形で、製品を生産し、市場へ提供していくことを決定。震災および電力不足無関係。

・・・というわけで、産経ニュースのタイトルがいかに酷いものかお分かりいただけたでしょうか。

さんざん言われておりますが改めて言います。

原発なくても電力不足にはなりません。

原発がないと日本の経済がダメになるなどというたわごとに付き合うのはもうやめにしましょうよ。

どんなに経済が回ったところで
人間がいなくなっちゃあ意味ないでしょうが。

田中優さんの講演会

ご覧になっていない方は是非一度。

田中優 講演会「子どもと未来を守るために、今こそエネルギーシフト!」



抗酸化作用をもったものを食べるとよいとか。
ごま、発酵食品、ぬかづけ、みそ、しょうゆ、玄米・・・。
あと、ビールも麦芽のせいでいいってw

きれいな水で玄米ごはん、ぬかづけに味噌汁。
たまごと牛乳は避けて・・・。
ふう。毎日毎日献立考えるお母さんは大変だ。

一人暮らしのお父さんも大変だ(ノ_-。)

今飲んでるサプリ、
抗酸化サプリなんだけど、どうなんだろ?
原発大国フランスで開発されてるし、
放射能汚染から体を守ってくれるかな・・・?

ちょっと調べてみたけど
さすがに
被曝にキク!とは誰も言ってないなw

いや、もしそうだとしても
今それ言ったらいやらしいものな。

なんせ影響がでるのが先の話だから
検証できないよね・・・。

まあ、今「これさえあれば絶対大丈夫!」と言い切られたら
むしろ疑わしいけどね。

はっきりわからないので
とりあえず効果があると信じて
今日もサプリ摂取。

妻子を守るために
いつまでも健康で働ける体を維持せねば!!



北海道に決めたワケ

リクエストをいただいたので
避難先に北海道を選んだ理由を書いてみたいと思います。

まず第一に
妻も私も
北海道が好きだから。

単純にそれだけです。

携帯のメールアドレスはアイヌ語ですし
新婚旅行も北海道でした。
好きな食べ物はジャガイモとイクラ。

どうせゼロからスタートするなら
憧れの場所に行こうじゃないか・・・ということです。

それ以外の理由としては以下の通り。

・道内産の農産物を選ぶことで内部被曝のリスクを減らせる。
・関西エリアは原発「もんじゅ」がモゾモゾしていて不安。
・九州エリアは大陸からの汚染「黄砂」が心配。
・沖縄は台風と津波が心配。食は安心でも職が不安。

ざっとこんなところでしょうか。

やはり食べ物ですね。
埼玉の(現時点で判明している)汚染状況で避難ってどうなの?
って皆さん思うだろうけど、問題は空間の線量ではなくて
内部被曝。こっちが大問題なわけで。

どんなに気をつけても暫定基準値以下だといって
汚染された食材を口にしてしまうと思うんですよ。
産地偽装も起こるでしょうし。

その点、北海道に行けば道内産の食材専門店で安心して
農産物を安く入手できる。

放射能から逃げるだけなら沖縄もアリなんでしょうが
それは妻と子の一時避難の場合かなと思うのです。

沖縄に憧れる移住希望者は大勢いるようですが
結局仕事が見つからずに泣く泣く戻っていく
という話が多いと聞きます。

北海道は今回の震災被害者を積極的に受け入れており
現段階ですでに2000人近いとか。
これからさらに増えるでしょう。
人が増えれば景気も良くなります。

また、今後の日本の食糧供給基地としての
重要度も増していくはずです。

そんなわけで
私の中では
たとえどんなに寒くても
北海道の未来は非常に明るいのです。

あと、北海道の人はみんな優しかったよ。
「助けあい北海道」というサイトで
テレビ、レンジ、冷蔵庫等ほとんどの生活用品を
譲っていただきました。
入居時にはがらんと寂しかった賃貸住宅の部屋も
一週間後には皆さんの善意にあふれて
まるでずっと前から生活していたかのような
佇まいに!!本当に感謝です。

困ってる人がいたら助けるんだって、北海道の人は。
・・・ほっとくと凍えしんじゃうからだって(笑)
あったかいよね。

6.11脱原発100万人アクション

6月11日、震災からちょうど3ヶ月。全国で脱原発デモ・集会などのイベントが開催されました。
妻子もいないし一人でさみしいので最寄の会場である浦和駅前に行ってみました。

17時。ちょうどスピーチが始まるところでした。
スピーチも普通の人の生の声が聞けてよかったです。
埼玉県内の兼業農家のある方は、収穫したジャガイモが100ベクレルを超えていてショックを受けたそうです。(チェルノブイリ事故後、99年にベラルーシ政府が定めたジャガイモの摂取基準値は、80Bq/k)

長崎で被曝した従姉妹が早逝したというご婦人が声を震わせながら話す内容も心にささりました。

マイクでスピーチを始めた時にはその周りに20人程度でしたが、列を作って歩き出すころには100人程の集団になっていました。参加者は、普段から拡声器持っていますというような方よりも、小さいお子さん連れや若者が目立ちました。

シュプレヒコールで大きな声を出すデモ列の先頭部分。
「東電と政府は情報を開示せよ」
「あぶない原発はいますぐとめろ」
「福島のこどもたちを守れ」
「埼玉県はすべての学校幼稚園保育園を測定せよ」など。

半分から後ろの人達はリズムにあわせて「原発やめろ♪原発卒業♪」と楽しそうでした。

警察官もそれなりの人数が動員されてました。
いままでデモに参加したことなかったんで知らなかったけど
デモが暴徒化するのを見張ってるわけじゃなくて
(あ、それもあるだろうけどw)
車道を安全に歩けるように誘導してくれてるのね。
ありがとう。

写真は埼玉県内の放射線量。
いつどこで測定されたものか聞けなかったのが残念。

$子供を放射能から守るため埼玉から北海道へ【旧タイトル:体温を上げるサプリ =ミトコンドリア・クリーナーを使ってみた】-埼玉県の線量


川口市の0.84マイクロシーベルトとか高いんですけど。
近所です。

そういえば先週の金曜日の夜、
赤羽駅(川口市の隣です)で
口の中に金属の味を感じて
「これがウワサのアレか・・・。」
って思ったんだけど
やはり気のせいじゃなかったのかな。

ともあれ
ニュースでも見たけれど
新宿をはじめ全国で本当に多くの人が
行動しました。

それも普通の人達が。

おとなしい日本人が
NOといえない日本人が
ついに声をあげたんですよ。

これは本当に凄いことだと思うのです。
この大きなうねりで
世界が変わるキッカケになるはず。

政に携わる人々は
耳が遠くなってるらしいので
大きな声で言ってあげないと聞こえないんだとか。

これからも
声をだし続けようと思います。

自主避難

平成23年3月11日から世界が一変してしまいました。

私の大好きな日本は国民を守ってくれないことがわかりショックを受けています。

原発の事故以来、妻は避難したいと主張し続けました。
国の発表を信じていた私は「心配しすぎだよ」と一蹴。

・・・そしてその後次々と明らかになるあまりにもひどい事実。

ネットで調べれば調べるほど深刻な事態に陥っていることがわかりました。


自分にとって一番大切なものはなにか?

その答えはいつも持っていました。

妻と子。

放射能汚染の不安におびえながら生きていくのはつらいから。
子供にはのびのびと野原を駆け回ってほしいから。
北海道への移住を決意しました。

住宅ローンは30年以上残っています。
夢だったマイホームです。
でも家は
家族みんなでニコニコと
笑って過ごすための場所なんです。

不安におびえて笑って過ごせないなら
もうそこに住み続ける意味がないんです。

だから手放すことにしました。

両親にも会社にも当然のように反対されました。

理解できないと。

それでも行くんです。

10年後か20年後に
「やっぱりあの時に・・・」と後悔したくないから。
この先何も健康被害がおこらずに
あわてて逃げたと笑われるならむしろ結構。



・・・でもやっぱりさみしいんだ。
両親にもあまり会えなくなるな。
孫の誕生をそれはもう喜んでくれて
実家に連れて行くとすごい笑顔で迎えてくれて
「ああ、やっと親孝行できたかな」って思ってたんだけど。

ごめんね。父さん、母さん。

それでも僕は
父さんと母さんが僕のことを心配してくれるのと同じように、
それ以上に、自分の息子の未来を守りたいんだ。

どうか許して欲しい。

ちゃんと仕事もみつけて
がんばって生活していくから。

生活が落ち着いたら北海道に招待するから。


・・・あれ?僕たちって被災者なのに
なんで謝ってるんだろ?

おかしいよね。

もうすぐ一ヶ月

育児日記を記していこうと思ってはみたものの

あまりの忙しさで

それどころではありませんでしたあせる


出勤前にお風呂で沐浴させて

会社ではヨイトマケの唄を口ずさみながら

一生懸命仕事して

帰ってきたら抱っこしてあやして

おむつを替えてミルクをあげて

おむつを替えて朝が来て

出勤前にお風呂で・・・(以下繰り返し)


話に聞いていた通り大変ですが

みんなこうして育ててきたんだよね。

ウチの両親も

こんなふうにしてくれてたんだなぁ。


・・・で、今日も実家から電話が。

メールで写真が届くのを楽しみにしてくれているようだ。

もう少ししたら連れて行くから待っててね。


「飲んで眠ってうんちばっかりしてるよ」って言ったら

「じゃあやっぱりあんたにそっくりだね」と言われた。

そうなのか。それは嬉しい。

・・・いや、赤ちゃんはみんなそうか(笑)


毎日大変で腰にもだいぶ負担がかかりますが

それでもやっぱり楽しいです。


息子が大きくなったら

この記事見せて

「この時、おまえを左手で抱きながらキーボード打ってたんだよ」

と話してみようかなと。


お七夜

お七夜ということで

命名書に筆ペンで書いてみました。


ゲゲゲの女房では

水木センセイが目玉おやじを描いてましたが

ウチは妻がタヌキの絵を描きました。


ポンタポンタと呼びかけていて

すっかりなじんでしまったので・・・。


まあ、本当はポンタだったのは赤ちゃんじゃなくて

妻なワケですが・・・(^o^;)


ともあれ

これから赤飯いただきます。

終戦記念日にうまれて

平成22年8月15日 無事に息子が飛び出してきてくれました。


分娩室の前で産声を聞いた時は

喜びよりも

無事に出産が済んだことへの安心感の方が大きかったかな。


大きな声で一生懸命泣いている息子の声を聞いていると

涙がじんわりとにじんできました。


地球上に生命が誕生してからずっと続いている命を

次につなぐことができたんだなという

ちょっと大げさな思いが胸に去来したりして。


それにしてもテレビや漫画でみる

出産待ちのお父さんの姿、あれ、ホントですわ。


なんもできずに

ウロウロオロオロぼのぼのあせるあせるあせる


おちつけ俺!

ってな具合でした・・・。


とにもかくにもこうしてついにお父さんになりました。


本当に大変な思いをして頑張ってくれた妻に

心からありがとう。


僕たち夫婦のもとにきてくれた息子に

心からありがとう。


病院のスタッフの皆さんに

心からありがとう。


父さんと母さんに

心からありがとう。


ご先祖様に

心からありがとう。




そして

不思議なご縁でこのページを見つけて

お会いしたこともないけれど

暖かい声援をおくってくださった

みなさんに

心からありがとう。

臨月です。

昨日実家から両親が遊びに来ました。


親戚からベビーベッドを譲ってもらったので

車で運んできてくれたのです。


それと一緒に

ベビー服やら何やらと色々一緒に。


そのなかに初宮参り用の着物もあったのですが

なんと

私が初宮参りで身につけたモノ

だったのです。


びっくりしました。


大切にウン十年間もとっておいてくれたのですね・・・。


親の愛情に改めて触れて心から感謝。




親から受けた恩は

あまりにも大きすぎて返せないので


うまれてくる我が子に

精一杯の愛情を注いでいきます。