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みちらのにのブログ

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冷えとりしてるわけではないけど、
同じようの感じで足の皮を向けるのを観察しているのでこの題名に、。

これまで、左足だけにに出ていたものが右足にも出てくるようになりました。
右に出るところはどう言うことかと言うと、

「体の左側は新しい毒、右側は奥深い毒」

だそうです。
左側は大分出せたので右側の方も対処できるようになってきたって所でしょうか?
きっと心臓が左側だから、左側から出ていくとかあるのでしょう。

足の皮自体が剥けてくれるので靴下とかは履いてないけど、
いい感じに毒だししてるのが感じ取れます。


右足
左足


IT業界の永遠の課題、システム障害について少しネタにしてみます。

システム障害については理屈の部分や技術的なことについては、専門的なサイトにいくらでもありますので今回はそこから離れてみる。

題するならば、「人間の認知や感情とシステム障害」
といったところでしょうか?

システム障害は、本番運用で出たものを差します。
しかし、ただ「障害」と言うこともあります。
この時に、「障害」の意味の範囲が非常に広い。
ということがあります。
本番運用での障害も含めば、開発段階のテスト障害も含まれます。
理屈的には文脈で分かるのですが、
理屈とイメージはまったく別ですから、
理屈では分けていても、イメージでは分けていない。
右脳と左脳で理解状態が統一されていない。
とでも言うのでしょうか?

ですから、単に「障害対策」をして「障害を無くそう」とすると「本番障害」はなくなりません。
なぜか?

「障害」についてのイメージが本番も開発中も関わらず同じだから。
なので、「障害を無くそう」として開発中にテストをすると、障害の検出が不十分になります。
だって「障害」は無い方が良いのだから、検出も少ない方が良いですから。
また、開発中でさえ「障害」が発生すれば、「障害分析」という名の糾弾会がはじまります。
面倒で仕方がない。
「障害」を検出しても良いことはありません。
強いていうならば「自己満足」だけです。
こんな状態での、最良の障害対策は「障害を作り込まない」となってしまいます。

ですから、主語無しに「障害」という言葉を使ってはいけません。

多分、自社のお偉いさんはこれが分かっていないと思う。
取引先のお偉いさんは多分、分かっていると思う。

「障害」に対する考え方が、
    前者は、「障害」を無くす。
    後者は、「障害」を出しきる。
という風に違うからだ。

短いお言葉でもこの考え方は読み取れる。
両方主語は無いが「障害」を出しきるということは、
開発中に「障害」を出すことを良しとしているということ。

これは感情的にもテスト工程のモチベーションにつながる。
テスト工程のモチベーションが上がればどんどん「障害」を検出して品質は上がっていく。

結果、「本番障害」は減っていくだろう。

「本番障害」が出る度にいろいろ小言が出てくるが、
そういった方針から変わらないと、「本番障害」はなくならない。






「病は気から」という言葉があります。

この言葉、当たっていると思うのですが、
解釈の仕方が多い分、いろいろな取り方が出来ますよね。

例えば、
   病は気のもちよう次第で治るという考え方。

前向きな気持ちで笑って病を吹き飛ばそうみたいな考え方ですね。
これが一番良くある考え方だと思います。

で、私はどういう考え方かと言うと

●病は「気」にはじめに影響が出てくる。

と考えます。
これは、藤川理論を逆から見たときの考え方ですね。
うつなどの精神病が栄養療法で治っていく訳ですが、
精神に来ているってことは「気」に来ているって事なんですよね。

うつや精神病と言うところまで行かなくても、
「気」がなにかおかしい。
例えば、
・なんとなくイライラ😒💢💢する。
・なんとなく不安😖💧
・なんとなく元気が出ない
・なんとなく意地の悪い事をしてしまう。

などなど。
こういう事の自覚があるのであれば、
「病」の始まりである。
そういう風に考えます。

どこも痛かったりはしないけれども、
気持ち「気」に症状が出たりします。
それを見逃さないようにしましょう。

そういう考えが、「病は気から」ではないでしょうか?