鹿嶋神宮は藤原氏の祖先神とされる、奈良、春日大社の鹿は鹿嶋から贈られた。
弥彦神社の鹿も古事記の御縁で鹿嶋から贈られた。

鹿嶋神宮は高天原一の武神・タケミカズチをお祀りする。
昔から武士道の神とされ鹿嶋の名が付いた流儀が盛んだ。
また、近年、合気道の創始・植草盛平氏が鹿嶋で活動された。
かれは大本教の信者で教祖出口王仁三郎の入朦時(モンゴル)にはボディーガードで随行したといわれる。

戦後は日垣庭宮主さまが戦没者の霊を納めるべく参篭され一日に何千と真剣を振るわれ
日本の邪を祓い、戦友の御霊の供養をされた。
宮主さんが参籠して何年かして鹿嶋の神さまより勅命が下り、皆々様に神を伝え日本の
霊的防御を託された。
思えば元伊勢のひとつ伊雑宮で皇室の弥栄の為に真剣を振るわれ魔を祓っておられた
小泉太志命先生を思いおこす。(最近、先生の生涯が書かれた本が出版された)

一般には鹿嶋の神さまは香取神宮の神さまと親子、兄弟と言われセットで語られる。
地震を起こす大鯰を足で踏んずけている図が有名た。
名前からするとイザナギ、イザナミの最後の子がミカズチの神。
火の神故に母神を焼き殺してしまい、イザナギに切り殺される運命だ。

タケミカズチオノ命は古事記では何度か登場してる大軍神である。
いわゆる天孫・ニニギ尊の降臨に先立ち、出雲王朝に国譲りを迫った神さま。
大国主、事代主は降参したがタケミナカタ(諏訪大社の主神)は戦いを挑む。
最終的に諏訪の地に追いやられ国津神は封印され天孫による統治がはじまる。

また、神武の東征の折りには熊野の地元神・天香久山命(現弥彦神)に霊夢で聖剣・天の
むらくもを与え熊襲の毒気で殺られていた神武軍を復活させた。ともかく強い神さまだ。
2011年9月久しぶりに鹿嶋神宮に参拝した。311の爪痕がまだ酷い。
あちこちの石灯籠は倒れたままだ。香取もその前に行った大洗神社も…。
大洗神社は浜の皆が高台の神社に避難して助かったが東北各地の被害は尋常ではない。

参拝を終え茶屋でお昼ごはんを食べ終え車に戻る道を歩いていると、どこからとなく
神社の舞いで使う楽器「龍笛」が聞こえて来る。
音のする方へと歩むと影はない。また、違う方向から聞こえて来る不思議な体験をした。
そして庭の石を撮るとこれまた不思議な光り方になっていた。

前年の東北旅行で田沢湖温泉で泊まり翌朝、宿から散歩ででたら龍笛が聞こえた。
ホテルに帰り近所に神社があるのか伺うとそれは無いと言われ従業員の耳には入らない様子だ。
いずれも動画を保存してるから嘘ではない不思議な体験だ。

それと2004年にわかった事だが、晴山は1964~71年まで横浜緑区の山奥に
住んでいた。 たった三軒しかない。その隣のA家とは今も仲良しだ。
それで久しぶりに04年にお邪魔した際にA家のご主人が鹿嶋神宮すぐ脇の出身だった。
それまでまったく知らなかった、確かにちょっと訛っていたが…(笑)

時代はこんな強い味方のヒーローを待っている。