☆すべては個人の体験と感想なので悪しからず。

ここのところ「晴山のひとり言~神社参拝体験記シリーズ」を書いていると「777」
「888」文字と表示される。意図せずだ。
世間ではエンジェルナンバーが流行ってるが、私は物部神道をかじってきたから回文の
ほうがヒットする。
車のナンバーなら「1661」「9339」みたいな。今日は「6161」意味なし(笑)

物部神道では和歌回文を言上すると神さまがこちらに向くと教えられた。
だから弥彦神社の共同参拝の折りは何度か言上させて頂いている。

弥彦の神さまは天香久山命と言われ、ニニギの兄神ニギハヤヒの次男と伝わる。
ニギハヤヒ命や長男のウマシマジ命は物部系の神さまでアマノカグヤマ命は尾張氏の祖と
言われる。
ウマシマジ命は十種神宝という魔法の使い手だ。弥彦にも伝わる。

弥彦の神さまは古事記で大活躍して大君を支え、神武4年に越後開拓に二田物部神社
の命らとやって来た。

本来、縄文人が住んでいるのに「何が開拓か!」と縄文贔屓は怒ります(笑)。
平和だった縄文に激震が走る。
弥彦は本来、魚沼神社に奉られる「阿彦」なる人物のようだ。富山を根城にしていた
高志の縄文頭。大陸から葱を持って来たとされる。
縄文人の中で出雲のカケミナカタと同じように大和朝廷に対し反旗を上げた人物だ。
どうやら制圧される前が阿彦⇒弥彦だったようだから本来アマノカグヤマ命とは違う。
場所はそのままで入れ替わりだ。名前が残る。奥宮が墓所のようだ。

しかし、大陸情勢下で大和が、日本がまとまらないと占領される危機にあり、そこらを
出雲王朝など縄文人が渋々のんだのかもしれない。
大和に大王が入り朝廷となるが=帝や天皇の名はもう少し時代が下る。

大和朝廷が奈良に入り稲作の奨励と共に平野が必要となる。縄文人は平地を手放す事で税を免除され山に入ったそうだ。
それから朝廷の影響がどんどんと広がり、縄文人と後世呼ばれる人々は九州南部、沖縄、
東北と追いやられいつの間にか混血させて行く。
天皇家も元々は縄文海人の一派だったが、九州喜界カルデラや阿蘇噴火で西日本に何百年も
人が住めなくなる時期にカヌーで逃げ延びた一派のようだ。
大陸でいろいろ学び権力闘争に破れ里帰りした帰国組だと古文書の研究者は語る。

弥彦にはいろいろ伝説がある。カップルで行くと別れるとか、1日に5合の日本酒が
蒸発する呑兵衛伝説など(笑)。
私は個人事業者ゆえ、孤独を癒すのは神さまと思って参拝を始めた。
宗教団体にお世話になった時、皆できちんとしたスーツを着て昇殿し正式参拝
させて頂いた事もあった。

貴子と結婚の際にお祓いもして頂いた。
30歳から月詣りに来ているが多い年は30回以上参拝する。
400回以上来てても毎回、雰囲気が変わりドラマがあるものだ。

晴山不思議研究会という都市伝説話をしてたのが休会して久しく、神社検定合格記念に(笑)、
茶話会を復活させた。そこから発展した共同参拝会。
皆でお互いの幸せ、或いは世間の幸せ、神さまの弥栄を祈る。

かつて中越地震で被害地に向かい、東京、新潟、十日町市で共同瞑想をし幹事のひとり
となり、新潟で30人ほどの協力を得た。当然ボランティア、好きでやっている。
全部で250名の共同瞑想会は実にパワフルだ。優しさと暖かさに包まれる。

また、マヤの水晶の日の世界同時瞑想や私が怪我をした時に瞑想会のメンバーが癒しの
祈り瞑想をしてくれてとっても楽になった経験もある。

皆さまにも少しでも経験して頂けたら有り難いと思う。

共同参拝では弥彦神社参拝に先立ち、祓戸神社から始める。
以前は鬱蒼としていて、気持ち悪いくらいだったが、最近は神社ブームもあり参拝者が
増えたせいもあり爽やかになって来た。

最初のうちは勉強旁、霊能者・道しるべ桐生氏が参拝に協力してくれた。
印象深いのは一昨年の18年8月8日。先達で祝詞を読んでいた私に緑色の平安調の着物
来た貴人が何体かが降臨したのを霊眼で目撃された。
そして昨年19年夏至の頃は参拝に先立ち神社に向かうと道しるべ氏は鳥居から沿道に
何人もの霊人が我々の参拝を待ち望みずらりと整列して待たれている光景に道しるべ氏は
それ見て、驚異を感じたそうだ。
私が祝詞を上げてる最中、道しるべ殿は自然と左回りにグルグル回っていた。
弥彦神社では逆に右回りにグルグル回っていた。
天の時、人の和を知ったらしい。


祓戸神社の神さまは古い、古事記には出て来ない。
神社のお祓いなどでお祀りに先立ち祓戸四柱の神さまをお呼びし四方祓いをする。
最近人気の瀬織津姫、速秋津姫、息吹戸主、速佐須良姫の四柱だ。
我々の罪、穢れをそれぞれ川の流れ、海の流れ、風の流れで穢れを祓い、黄泉国の佐須良姫
が最後に潔斎して下さるのだ。

なんだか共同参拝の時にはいろいろな光の写真が撮れて、いかにもというパワースポットだ。
写れば祝福されていると安易に考えるのはちと早とちり(笑)。
我々の愛と真心を込めた生き方に神さまは感応して御神徳を賜るものだから。
神居座す森とその精霊に囲まれ、我々日本人は時を過ごしてきた。
鎮守の森が活力の源である。 森を造り護られた先人に感謝だ。