先生と文通 | ときには真珠のように

ときには真珠のように

思考は光速を越える

幼稚園に通っていたころ、幼稚園の通常のカリキュラムとは別に「プレイルーム」という、ちょっと高レベルなプログラムを受講していた。

そんなの受けたくなかったけど、母親が勝手に申し込んだ。
おそらく別料金。

何をやったのかは記憶にないけど、遊びながら知的好奇心を高めるようなものだったと思う。

その「プレイルーム」の先生が、ワタナベ先生という若い女性の先生だった。

母親がワタナベ先生に手紙を出しなさいと言って、ぼくは言われるがまま、手紙を出した。
先生はうれしかったのだろうな。
すぐに返事が来て、文通が始まった。

そして、その文通は、なんと高校を卒業するまで続いたよ!

ワタナベ先生は海外旅行が好きだったらしく、よくエアメールなんてものが届いた。
まだ、実家にあるかな?

ぼくはどんなことを書いていたのか?さっぱり記憶がない。
そうだよ、手紙やはがきなんかは送ったら手元に自分の書いたものが残らないな。
電子メールだと、送信済みアイテムなんかに保存しておくことができるが。
ぼくはどんなことを書いていたのか?

文通はしていたが、ワタナベ先生とは幼稚園を卒園してから、会うことはなかった。
大学になって、自堕落な生活をしていたので、文通は終わってしまった。

ちなみに小学校のころの先生にも高校卒業するまで、年賀状や、暑中見舞いを出していた。
母親が手紙を書くのが好きだったんだよな。
出しなさい!って、いつも言われていた。

ああ、そういえば、関係者に「引越しのお知らせ」を出していなかった。
電子メールではなく、アナログな郵便はがきを出してみるか。