ブログネタ:生まれ変わるなら、男がいい? 女がいい?【日テレ7×アメーバ連動企画】 参加中本文はここから
って、まず、どっちでもよい。
男でも女でも、所詮は自分なのだ。
ブログネタ本文には「料理できないとダメ女」とか書いてあったが、なぜダメなのか?
他人が決めた価値観に従うことって、そんなに重要か?
料理が苦手でも、それも自分なのだ。
ちなみに、私はレシピがなければ料理できない。レシピに「少々」とか書いてある料理本は買わない。
出来たら、何故「砂糖」を「塩」の前に入れた方がいいのか、科学的に解説してある本があればなおよい。
(「ためしてガッテン」で、塩を先にいれてしまうと食材に砂糖が浸透しないが、砂糖を先に入れると後から塩も浸透できる、と実験で明らかにしていた)。
つまり、料理が苦手な自分、それは、あらゆる物事を「なぜそうなるのか?そうなのか?」と追求し、科学として理解するのが、「自分」であるということが分かっているから。たいていの料理番組や料理本が、過剰な丁寧語(日本語のルールに違反する)とともに、手順だけを紹介すればいいと思っているらしいのが、私の「なぜ?」の疑問にまったく答えてくれる気もない、というのが腹立たしいからだ。
自分が、社会に適応するために無理をする必要なんてない。「男だから」「女だから」というだけでなく、「子供だから」「年寄りだから」だってそうだ(未成年の飲酒・喫煙などの違法行為は論外である)。
社会通念に従うと、何も考えなくてすんで楽ではあるが、そのかわり、自分が自分であることが難しくなる。自分が自分であることを選ぶと、社会の波はより大きくなるが、自己矛盾が減って自然体で生きてゆける(私個人について言えば、うつ病持ちだから、自然体でいきてゆかねば、生命を保てないのだ)。
「他人に迷惑をかけるな」とだけ、親からは教わった。
つまり、違法行為はするな。食い扶持はきちんと自分で稼げ。
上司や先輩にお茶を要求されても、周囲の男子と同程度にしかしない。
お酌はしない、されない(まったくお酒を飲めないので、飲まされないための自衛でもあるが)。
「仕事ができればいいでしょう???」
「女だから」と当然のように要求されても、断れる論拠は、この時代にはたくさんある。
どれも、先人の努力により得られた女性の権利である。
これを行使すれば、女であることの不便さは、かなり減らすことが出来る。
減らないところがあったら、ぶち破ればいい。私のように、うつ病持ちならば、避ければいい。
ブログネタ本文には「毎月のお客様」つまり月経について言及していたが、これも、ヒトが子孫を残すために必要なシステムなのだから、自分個人ではなく社会で痛みを共有しなければならないと思う。女が痛みを担当し、男はナプキン代を担当してもらうとか。まだまだ生理休暇も浸透しない。これからの課題だろう。
きっと、男に生まれても、同じような社会的な圧力がかかるだろう。
「男だから」と言われて育つ男は、「女だから」と言われて育つ女よりも、もしかしたら多いのかも知れない。
だから、「男」でも「女」でも、仮に、生まれ変わるなら(前世とか来世とか、全く存在しないと思っているが)、どちらでもよくて、とにかく、自分に生まれたい。自分の欠点をより矯正できて、自分の長所をより伸ばせる社会であって欲しいと願う。