10年程前、自転車で北海道を旅したことがある。
約1ヶ月、北の大地をチャリチャリしたのだが、
その行程の中で、とても印象に残った、とても小さな町があった。
「白老(しらおい)」という名の町だ。
予報はずれの大雨に降られて困っているところを、
“白髪の老夫婦”に助けてもらったために、
町の名が、強烈に頭に焼き付いたのだ。
その老夫婦は、見ず知らずの自分を家に上げ、
テントや荷物が乾くまで休ませてくれた。
朝と昼、2食もごちそうになったのだった。
午後になり、雨があがった。何度もお礼を申し上げながら、
乾いたばかりの荷物を自転車にくくりつけ、優しい二人と別れた。
ありがたい気持ちのまま、町のはずれまで行くと、
そこに、町名の由来を記した錆びた看板を見つけた。
『白老とは、アイヌ語の「シラウオイ」に由来する』とある。
その意味は『虹の多い場所』だそうだ。
なんて素晴らしい町だ!
と雨上がりの空を見上げながら、虹を探したのを覚えている。
ところがだ。
この美しい思い出が、まったくの勘違いであったことに
最近、気づかされてしまった。
きっかけは、夕張市のニュースだった。
白老に限らず、北海道の地名はアイヌ語に由来するものが多い。
そのことを思い出し、ネットで夕張の名の由来を調べてみたのだ。
『夕張とは、アイヌ語「ユーパロ(鉱泉の湧き出る所の意)」
の転化したもの』だった。
「へぇ~」ってノリで、当然、白老についても調べてみた。
するとそこには、
『白老とは、アイヌ語「シラウオイ(虻の多い場所)」に由来する』
とあった。
ん? 虻? あぶ?
虹じゃないの???
そう、あのとき錆びた鉄看板に記されていた
消えそうな文字を、思い切り見間違えていたのだ。
アイヌ人にとって虻とは“嫌なもの”であるらしい。
虻がいっぱい居て嫌な場所、ということで付いた名前だったのだ。
10年間、大切に抱き続けてきた思い出は、
検索ボタンひとつで、見事に打ち砕かれてしまった。
そして、お笑いコンビ北陽の虻ちゃんの顔が脳裏に浮かんだのだった。
約1ヶ月、北の大地をチャリチャリしたのだが、
その行程の中で、とても印象に残った、とても小さな町があった。
「白老(しらおい)」という名の町だ。
予報はずれの大雨に降られて困っているところを、
“白髪の老夫婦”に助けてもらったために、
町の名が、強烈に頭に焼き付いたのだ。
その老夫婦は、見ず知らずの自分を家に上げ、
テントや荷物が乾くまで休ませてくれた。
朝と昼、2食もごちそうになったのだった。
午後になり、雨があがった。何度もお礼を申し上げながら、
乾いたばかりの荷物を自転車にくくりつけ、優しい二人と別れた。
ありがたい気持ちのまま、町のはずれまで行くと、
そこに、町名の由来を記した錆びた看板を見つけた。
『白老とは、アイヌ語の「シラウオイ」に由来する』とある。
その意味は『虹の多い場所』だそうだ。
なんて素晴らしい町だ!
と雨上がりの空を見上げながら、虹を探したのを覚えている。
ところがだ。
この美しい思い出が、まったくの勘違いであったことに
最近、気づかされてしまった。
きっかけは、夕張市のニュースだった。
白老に限らず、北海道の地名はアイヌ語に由来するものが多い。
そのことを思い出し、ネットで夕張の名の由来を調べてみたのだ。
『夕張とは、アイヌ語「ユーパロ(鉱泉の湧き出る所の意)」
の転化したもの』だった。
「へぇ~」ってノリで、当然、白老についても調べてみた。
するとそこには、
『白老とは、アイヌ語「シラウオイ(虻の多い場所)」に由来する』
とあった。
ん? 虻? あぶ?
虹じゃないの???
そう、あのとき錆びた鉄看板に記されていた
消えそうな文字を、思い切り見間違えていたのだ。
アイヌ人にとって虻とは“嫌なもの”であるらしい。
虻がいっぱい居て嫌な場所、ということで付いた名前だったのだ。
10年間、大切に抱き続けてきた思い出は、
検索ボタンひとつで、見事に打ち砕かれてしまった。
そして、お笑いコンビ北陽の虻ちゃんの顔が脳裏に浮かんだのだった。