今日は2019宮古島100kmワイドーマラソン大会です。

選手の皆さん、苦しいだろうな。
でも楽しいだろうな笑


ちょうど1年前になりました。
私の初100キロマラソンを振り返ってみたいと思います(^^)

伊良部大橋から平良市内方面



100キロマラソンを走ってみようと思ったいきさつはこちら

↓↓↓

 
100キロ走るぞー!

と張り切って決めたものの、
一体何をしたらいいのやら?
全く見当もつきません。

とりあえず100キロマラソンについて情報収集から。
沖縄で開催される100キロマラソンは

・沖縄100Kウルトラマラソン(12月)
・宮古島100kmワイドーマラソン(1月)
・なごうらマラソン(3月)

と、当時は3つあり、沖縄本島で開催される大会は2つ。
そのうち、3月開催で時期的にも余裕があり、走りやすそうな「なごうらマラソン」に照準を合わせました。
制限時間は14時間。

まず必要なのは、長い時間動ける身体作り。
走力アップはもちろん、
補給や持ち物も考えないと。

一番心配なのは補給でした。
走りながら固形物を食べるのがとても苦手だったのです。
理由はひとつ。お腹が痛くなる!笑

でも食べないで14時間も動けるわけがないし。
何食べたらいいの?
みんなどうしてるの?

そんな疑問に答えてくれる人もおらず、ひたすら調べるうち、糖質制限にたどり着きました。


 1年たった今思うと、食事にしても練習にしても、勉強不足で足りなかったこともあれば、やりすぎたこともあるし笑、勘違いも多いのですが、あえてその時の記録をそのまま載せます。

以下、Facebookよりコピーです。

↓↓↓


☆糖質制限のこと

まずは脂肪を燃焼しやすい身体作りから。
8月から軽く糖質制限を始めました。朝夕食の炭水化物を減らし、肉・卵・豆腐を増やしました。
参考にしたのはこの本。


最初は帰りが遅く、食欲がない受験生の子供のためでしたが、たまたま著者の三島先生が来沖されて講演会があり、しばらく試してみると家族全員の体調が良くなり、ハマってしまいました。

この頃から職場の勤務時間が変わり、毎日疲労困ぱい。
夏バテや糖質制限の好転反応もあったと思いますが、毎日フラフラで9月まで平日ほとんど走れませんでした。

糖質制限をしていても、本当にケトン体が出ているのか分からないし、脂肪燃焼しやすい身体になっているのか、なかなか実感が持てずにいました。

それで那覇マラソンでは4ヵ月も糖質制限(ぼちぼちだけど)をしていたのに、いつものようにカーボローディングをして補給も糖質たっぷりと。

で普段は摂らなくなった糖質を集中的に摂ったせいか、胃腸の調子も悪いし、何より筋肉が痛い!なんだこれは⁉︎

その後しばらく糖質制限が乱れてしまい、そのまま迎えた60キロ走でも、補給での糖質はだいぶ控えたものの、やはり筋肉の痛みがハンパない。
胃腸は平気だったけど。
ふくらはぎが明らかに痩せてる!

自分なりに調べた結果、糖質制限が乱れたことで、上手く脂肪を燃焼させることができず、筋肉をエネルギーに換えて走っていたのではないかと。
せっかくついた筋肉を削って走るなんてありえない!!

うーむ。

どこまで変わるか分からないけど、残り1ヵ月はちょっとしっかり目に糖質制限をしてみよう。

ここで参考にさせていただいたのは、糖質制限をされているお医者さんでアスリートの清水先生のブログ。
http://promea2014.com/blog/

糖質制限がきちんとできていたら、自前の脂肪(めっちゃたくさんあるしw)で100キロ完走できるかも⁉︎

結果、できました。

補給はかなり少な目。
エイドに並ぶ美味しそうなパンやジューシーやおにぎりなど炭水化物は一切摂らず、手持ちの少しのジェル類とアミノ酸(岩本能史さんのHPで通販している白い粉)、エイド毎に水、コーラ、オレンジ、あと中間エイドでゆし豆腐の汁だけ飲んで乗り切れてしまいました。

手持ちの補給は
・ベスパプロ4個(スタート時と30キロ毎)
・ここでジョミ4個
・OS1ゼリー1個
・Lグルタミン+オルニチン+マルチビタミン10袋(スタート前と10キロ毎)
・アスリートソルト
以上

他にもいろいろ持ちましたが、結局これ以外は摂らなかったなあ。

胃腸も何ともなく、パーティで揚げ物も平気、翌朝はカレーもOKでした。

那覇マラソンや60キロ走後に感じた筋肉が動かなくなるような痛みもなく(他のあちこち全身が痛くて気付かなかったのか?)、体重も殆ど変わらず。
ただ、体脂肪が出発前日と帰った日で4%減ってたけど。

あ、腹筋はダメでした。翌日は痛くて呼吸が浅くなり、深呼吸もできず。
やはり腹筋は大事です。

☆練習と身体のケア

8月終わりから、ランニングクラブで週末の毎年恒例マラソンシーズンに向けてのLSDが始まります。
毎週少しずつ距離を伸ばしていき、15〜21キロまで、9月は月間100キロほど。

LSDはランニング仲間で頑張り屋の女子達と走り、モチベーションを保つ大事な時間でした。
暑くて本当にきついこの時期を、毎週毎週粘り強く頑張れたのは彼女たちのおかげ!
実際、大会当日の暑さも苦にならず、練習に比べたら涼しいとさえ思えました(^^)

10月に入るとだいぶ体調も落ち着いてきたので、平日夜のスピード練習と週末のLSD(25〜30キロ)を中心に走り込み。月間200キロを超えました。
でも前の月から倍増したこの運動量に、足首や膝腰が悲鳴を上げ、近所の整骨院に駆け込むことに。

ここがすごい整骨院でした。
初めて行った時「これで100キロいける!」と思ったのを覚えてます。
おススメ。


11月に入ってすぐの尚巴志ハーフマラソンでは、こちらで調整してもらったおかげで、久しぶりに身体のトラブルを気にせずに気持ち良く走れました。

そしてこの日、宮古島100キロマラソンを何度も走っている方や、今度参加するという方々に出会い、宮古島ワイドーはいいよ〜とすっかり洗脳されてしまいました。
運命の出会い!

同時になごうらマラソンの中止が決まりそうだと聞き、1ヵ月半ほど計画を早めて宮古島ワイドーで100キロ挑戦を決めました。

計画はこの本を参考に。



でも私のフルのベストでは、この本の最低レベルにも及びません。
走力が足りないままこのメニューをこなせばケガしそうなので、らんさぽ座安コーチにも相談し、様子を見ながら進めていくことに。

11月はそんなこんなで平日のスピード練習に15キロのビルドアップ(1週おき)を加え、週末のLSD30キロを続けて、月間270キロ。

そして12月の那覇マラソンはペース走の練習、翌週の国頭トレイルは峠走代わりに・・・なんて上手くはいかず。
那覇マラソン後に腰を痛め、いちばん走り込みたいこの時期に2週間練習できない状態になる大ピンチ!

調子に乗って身体の声を聞いていなかったこと、整骨院の先生に諭されました。いつも優しい語り口の先生だけど、これはたぶん厳重注意だったはず。かなり反省。

それからまた身体の様子を見ながら走りはじめ、なんとか年末に60キロ走と翌日の3時間走を、岩本能史さんの本のとおり、ちょうど4週間前に完了。12月は170キロ程度。

1月に入ってからは距離を落としながら、ダメ元で弱点の腹筋を始める(今さら)笑
それと年末年始で乱れた糖質制限をちょっとしっかり。

あとは、ふとした瞬間に不安と恐怖に陥る自分を必死で励ます。
それでも大会前1週間は怖くて気持ちも落ち込みがちで、前日には緊張でお腹まで壊してました。

ところが迎えた当日は何の緊張も恐怖もなく、お腹も痛くない笑
平常心以上にとても気分がいい。

とうとうこの日がやって来た。
私がなりたい私になる日。
楽しみで仕方ない。

そうしてスタートを切ったのでした。

レース編はこちら
↓↓↓