時系列: 2017年
弁護士の渡辺が、まっすぐ私の目を見て言った。
「最初に家宅捜査されたのが昨年末、それから半年ですよ。警察は明らかに何も見つけられなかったんですよ!」
「そんなの当たり前じゃないですか!私は何もやましい事はやっていない!」
「それはわかっています。
警察はまず、輸入食品から微量の農薬が検出されたという、食品衛生法違反で保健所が告発した事で動きました。しかし、食品衛生法違反で警察が介入することは極めて珍しい。
社長のような事例は年間百件以上ありますからね。
通常なら行政処分の範囲です。
新聞にも書いてあるとおり、直ちに健康被害のない数値とあります。」
私の荷物は、基準値0.2ppmを0.1超えた0.3ppmの農薬が検出された。
私は以前からこの数値に疑問を持っており、成分分析会社に勤める知人に聞いた事があった。
「0.2ppmなんて人体になんの影響もないですよ。
わかりやすく言うと、日本の水道水の塩素が0.3ppmなんです。場所によってはそれを超えてるんです。
この数値に根拠なんてありません。
含まれる品物によっても大きく変わります。
社長が扱うような活魚なら、すぐに代謝され残らないと思いますよ。
ましてや今の世の中、農繁期にはそこら中で農薬を散布します。
この基準値は非現実的ですよ。」
渡辺が話を続けた。
「原因は社長が保健所の矛盾を突いた為でしょう。その為、保健所では手に負えないということで告発に至ったと思われます。
役所がやりそうな事です。
子供が先生に言いつけるような感覚でしょうか。」
先にも書いたが、保健所の対応は実にお粗末なものだった。
当時私は、成田空港検疫所までも出向いた。
何故なら、運悪く検査結果が出たその日に新しい荷物が到着してしまったからだ。
検疫所は検査をし、その結果が出るまで荷物を留め置くと言い出した。
そんなことをすれば、生き物である荷物は酸欠により全滅してしまう。
その金額は1,000万円を超えていた…
「0.3ppmの残留薬物があると、どのような健康被害があるんですか?」
「それは私達の専門ではありませんのでお答え出来ません。」
「貴方達は理由も理解せずに取り締まってるんですか?
私は1,000万円の損失を出そうとしている。
せめて弊社の倉庫で保管させてください!」
「決まりなので出来ません。」
担当職員は、顔色も変えずに言い放った。
怒りが収まらない私は、応接セットの机に両拳を叩きつけた。
しばらくすると、代わりに50歳代の男がやってきた。
腰の低いその男は大袈裟に頭を下げ名刺を差し出した。
名刺には課長の肩書きがあった。
「村井社長、お気持ちはお察しします。
しかし、残念ながら私達には何も出来ないんですよ。
私達は規則を曲げることは出来ない。
一度曲げてしまえばそれは規則じゃなくなる。
わかってもらえますか?」
男は、諭すように話を続けた。
「アドバイスと言ってはなんでが、一つお話をさせていただきます。
ある県の漁協がシジミを扱っていたのですが、最近の農業環境の変化で、どうしても基準値を超えてしまうものが増え、出荷数が減少してしまう事態になりました。
その湖は多くの河川が流れ込む為、自分達の努力ではどうしようもない。
基準値を緩和して欲しいと陳情書を出されたのです。
その結果、基準値は緩和されました。」
「えっ!そんな簡単なものなのか!
なおさら基準値なんていい加減なものだってことだろう!」
「そう言われれば違うとしかお答え出来ません。
私はあくまでも今後の解決策の一例を申し上たまでです。
社長、
この話をしていても出口は見えません。
今日の荷物はどうなさいますか?」
私はやむなく廃棄手続きをとり、1,000万円超えの金を捨てた…


