「社長!お金貸してください!」

電話の相手は、もと社員のナオト(仮名)だ。

「何でや?」
「自分の店持とうと思うんです。」



ナオトは、私の会社に板前として勤めていた。
料理はもちろんだが、バイトもうまく回し、接客も出来る器用な男だったが、いわゆる器用貧乏で、何事もある程度は出来てしまうので、突き詰めることをしない。言い換えれば、いい加減で無責任とも言える男だった。
私は雇用している時に、何度もそれを諭したが、彼に響くことはなく会社を去っていった。

その後彼は、水商売の世界に入った。
その時点で佐藤は30歳半ばを過ぎ、完全に店では浮いていたが、持ち前のバイタリティ(いい加減さ?)で乗り切っていた。

そんな折、ナオトが勤めていた店が突然廃業したという話を耳にした。
私の店は繁忙期に入り人手が足りなかった為、連絡を入れてみた。

「今は、仲間が始めた店でバイトしてます。毎日は無理ですがいいですよ。」

朝まで仕事をし、遅刻、欠勤も多く、酒の匂いをプンプンさせながらやって来る始末。
それでも一旦仕事を始めれば要領よくこなした。

繁忙期も終わった頃、「身体がもたないので…」と、彼は再び私から離れていった。
その後も、相変わらず彼の良くない噂(特に女性絡み)は耳にしたが、元気でやってる証拠だと特に気にはしていなかった。
そんなタイミングでの今回の電話だった。

とにかく話を聞いてくれと言うので会うことにした。
彼は、喫茶店のテーブルにノートパソコンを開き事業計画の説明を始めた。
その数値は稚拙なもので、私を納得させるものは何もなかった。
私は彼の説明を遮り

「それで、いくらいるの?」
「えっ?」
「いくら貸せばいいんだって聞いてんだ。」
「200万…」
「はっきりしゃべれ!」
「250万お願いします!」

「わかった。そのかわり、お前に現金は渡さん。店の改装は俺の知ってる業者にやらせて、俺が払う。店の契約も俺だ。月々の返済が滞った時点で店の鍵を変える。」
「わかりました。」

「で、いくらづつ何年で返すの?」
「1年で返します。」
「1年?お前わかってるのか?月々20万以上だぞ?」
「大丈夫です!」

この辺りがコイツの悪いところ。
根拠の無い自信…
私は、
2年くらいで回収するか…
と、思いながら
「わかった!」
と、返事をした。


それから一年、
ナオトは遅れながらも借金の80%の返済をした。 

「お前、借金返す為に借金してるんじゃないやろな?そんな事してたら何の意味もないぞ!」
「そんな事してません。」
「それならいい。もう少しだからちゃんとやり切れ!そうすれば必ず変われる。人生のいろんな事が変わってくるからな!払えない時は、話し合うことを避けるな。電話も出ろ!立ち向かうんだよ。逃げたら追われるぞ!」



その数週間後
彼はいなくなった。
店の始末をしていると、酒屋がやって来た。

「ナオトさんどうしたんですか?」
「とんずらしたよ。」
「えっ、」
「売り掛けあるの?」
「はい…」
「なんで掛けにしたの?」
「いつもクラブで羽振りが良かったので…」


その後もいろんな人から連絡があり、彼の居場所を訪ねてきた。
どうやら、いろんなところからお金を借りているらしい…


「なんであんな男の面倒見るの?」
今迄、たくさんの人から言われた。
私は彼が変わるきっかけを与えたかった。
私は一度商売を失敗して、お金は経験と、人との縁を作る道具でしかないと気づいた。
どん底から私を引き上げてくれたのは、お金じゃなく人との縁だ。
彼は、お金を追い人の縁を減らしてしまった。
その仕組みに気づいて欲しかったが、今回も彼に伝えることは出来なかった。