空は何時からか紫色を帯びていた。黄色い橋が空に掛かり、その上を細長い人々が天に向かって登っていった。ポケットから色のあるハンカチを出して額に軽く当てる者もいる。それを見て僕は思った。きっと登っていくことは大変なことなのだろうと。少なくとも、容易い事のようには思えなかった。
その内に、日が暮れてゆく。商店はすべて店を閉めた。常夜灯が点燈すると、やがて紫色の空よりも明るくなった。通りには常夜灯が照らす仄かな明かりと、白っぽい道の上に細長く伸びては消えてゆき、また再び現れては同じ運動を繰り返す影だけが目立つように濃くなっていく。
最果ての駅に降り立つと、また人々のいる街中へ姿を消したくなっていく。しかし本当は、この場所が己を見出せる場所であり、人々が行き交う交差点には何も無いということを知っている。人のいるところにひとを見出すことは出来ない。人は人のいない場所に於いてのみひとを見出すことが可能なのだ。
架空のひとを求めて、ひとのいない場所を歩いていく。そうして自然の中に埋没していき、自然と共に死んでいくのだ。
夜の闇の中には無数の何かが存在する。誰かに冷たい手でそっと頬に触れられたように微かな感触を夜風が残していく。暮れなずむ夕刻に、紫色の空を無数の不可思議な鳥たちが羽ばたいていた時でさえ、頬を撫でる風すら吹かなかった。きっと夜の住人が、見ず知らずの旅人にでも語り掛けているのだろうか。
ひとには知ることの不可能な言葉で。
誰も立ち寄る者のない深い森の中から、笛の音が微かに聞こえてきた。森の奥へと先を進むにつれて、その笛の音はやがてはっきりと届くようになった。
すると暗闇の中に松明が見え、笛の音もそこから流れていることを知った。逸る気持ちで炎の方へ進んでいった。すると松明を持つ者と、そのすぐ隣りに縦笛を口に当て吹いている者の姿を認めた。縦笛から発せられる音色は憂いを帯びているが、今まで聞いたことのない音色だった。二人ともまだ若く美しかった。しかし他に関心を示す態度は見せず、松明を持つ者はただ松明を揚げながらもう一方を見つめ、笛を吹いている者は深い睫毛に閉ざされたまま、眼を開け面を上げることなく静かに笛を吹き続けていた。
松明を揚げる者と笛を吹く者。ふたりは不変の存在に思えた。そして恐らく、実際にふたりは不変な存在なのだと確信した。何故なら、そのふたりには始めも無ければ終わりも無かったからだ。破壊されることもなく、破壊することもない。時間と意識の壁を通り抜けた、向こう側の世界に属する住人であると知ったのだ。
その瞬間に、時の風車が崩壊した。
ブザーを押す前に、列車は再び走り出した。