自分自身を押し殺しながら接客業をしている女たち。
矛盾したことに気付かずにいつまでも尤もらしい態度で口走る男たち。
事故物件であることを、時効が来るまで隠し通そうとしている大家さん。
諸外国に比べるとこの国は恵まれているのよと、下に合わせようとする不思議な人々。
ずっと年下の相手に向かい、君は若くないと言ってくるずっと年上の面接官。
いま人が言ったばかりのことを、今自分がはじめて発見したかのようにして言い出す破廉恥。
他人の不幸を知り差別化を図る孤独な人々。
毎日スクリーン上に映し出される他人の不幸ばなしのオンパレード。
それらの人々が大多数を占める生活圏。
言葉にされないことは、存在しないし、言わない人は理解していない人だという、思考を放棄した思い込み。
刷り込まれた強制の約束事。
他人の心を動かさずに、本気で小説が書けると自負している勘違いの自称作家たち。
くだらない自称小説しか書けない哀れな人間。
ぼく。
都会の片隅で行き止まる無言の労働者たち。
水平線の彼方しか興味のない子供たち。
狭い世界しか見れなくなった多くの人々。
ひそかにひとを見下している広告制作会社。
決まり事で統制しようとする仮面。
鉄砲を撃つ。
君のハートに。
鉄砲を作った。
君の為に。
少年は駆けて行った。
街の中を。
鉄砲を隠しに忍ばせながら。
今夜は月がきれいだった。
君の憂いを忍ばせたフェイスのように。
その海岸はどこの海だと知りたがる彼女。
車上暮らしを続ける哲学者。
鷹を求めて山の上まで登る老人。
彼らは無言のまま遠く南へ旅立っていく。
ある快晴の日に、ひとりの女神が降りてくる。
君はひとり波打ち際を歩いていた僕に訊ねた。
繰り返す。繰り返す。きっとまた繰り返すと。
それでも僕は彼女に向かい発砲した。
血は波に洗われ、やがて君を海に運んだ。
高い波はやがて津波となり僕も一緒に運んでいった。
君の死体と共にある無人島に漂着する。
素敵な絵本を書いて子供たちに見せたいと思う。
だけどここには子供はいない。
あの遠く海の向こう側に、子供たちがいる。
あの希望の地に、僕は素敵な絵の入った物語と共にユートピアを作るのだ。
あの女神の亡骸を、大きな墓を作って埋めるのだ。
その上に神殿をつくり、祀るのだ。
殺したあの女を。
世界の終わりの日に、僕の前に降臨してきた天使として。
きっと子供たちは喜ぶだろう。
新しい世界が始まるのだ。
希望と光に満ち溢れた、真のユートピアが誕生する。
今度こそ浄化された世界が訪れるのだ。
僕の殺戮と、君の犠牲によって。
新しく出来た隧道の出口をパトカーが封鎖している。
激しい銃撃戦が始まる。
落ちていた、鹿に注意!の立札を楯にする。
絵の鹿は沢山の銃弾を浴びた。
絵の鹿は銃痕だらけになるが僕を守った。
銃撃戦の後、僕は鹿に敬意を払い、黄色い立札を逃走劇のお供にする。
途中でヒッチハイカーを捕まえた。
彼も凹みだらけの黄色い鹿に敬意を表した。
我々は北へ向かった。
ミッドナイトの走行中、途中東横インで宿を取る。
ヒッチハイカーの男は私は魔法使いだと自身を明かした。
僕は部屋の冷蔵庫から瓶ビールを2本取り出し栓を抜き、片方を魔法使いに渡す。
我々は腹が減っていたから部屋の電話からピザを注文した。
届いたピザを喰いながら何本目かの瓶ビールを御供にテレビの深夜放送を見ていた。
どの局もつまらなかったが、音量を消して視ることで画面を見ていられた。
すると突然部屋の電話が鳴り始める。
数回鳴った後に、僕は受話器を取った。
「お久しぶりです。良き人生は最良の靴で決まるをモットーに、わたくしどもはお客様にとって良きお足のパートナーとして日々精進させて頂いております者どもで御座います。さて、さっそくですが、今だけお客様にとって満足すること間違い無しのビジネスシューズを、今だけ一足1万3千円のお値打ち価格でお買い求め頂きますと、もう一足同じ1万3千円の靴が無料で付いてくるというスペシャルなキャンペーンを開催しております。いま直ぐお求めで御座いましたら、送料手数料は全て弊社持ちの全額0円とさせて頂いております。この機会に是非、新しい今風の高級革靴はいかがでしょうか。今、この電話でのみの特別なサービスとさせて頂いております。お客様の御足のサイズさえ教えて頂ければ、明日の朝8時までにはお手元に素敵な革靴が届きます。しかも1足分のお値段で2足の高級ビジネスシューズが手に入ります故、これほどのビッグチャンスは今回の、このお電話でのみとなっております。この電話に出たお客様はとてもラッキーで御座います!この又とないチャンスに是非、素敵な靴をご購入されてみては如何でしょうか?勿論、商品が届いた時点で箱を開けてみて、もしお気に召さなければ、返品も可能になっております。当然全額返金いたします。こんなうまい話しは他店では無いと思いますが、是非ご検討くださいますよう、宜しくお願い致します。」
白神山地の近くにある村の入口まで車で到着した時には、もう陽は沈もうとしていた。黒く固い土が続く畔道の途中で魔法使いを降ろした。僕も運転席から降りて両手を天に向け体を伸ばした。長いドライブだった。高速を使わず下の道を使ってきたから尚更時間が掛かったし、疲れた。途中コンビニの駐車場に車を止めて軽い休憩を挟み、日暮れまでには魔法使いの言う、最終目的地まで着くことが出来た。固い黒土に食い込んだ飴玉のように固い小石で出来た田舎道の上では、新品の革靴は歩き難かった。ホテルを出る時に捨てた、穴の開いたボロボロのスニーカーが悔やまれた。しかし魔法使いの男は余り気にもしていない様子で、僕と同じ新品の革靴を履いたまま、無舗装のゴツゴツした道を歩いていった。別れる際に、魔法使いが僕に礼を言った。気にするなよ。と僕は魔法使いに言った。何かどうしても困った事が起り、私の力を借りたい時は、この番号に電話をかけてくれ給え。きっと何かの力にはなれるだろう。魔法使いは僕に電話番号の書かれたメモを渡した後にそう言い、たそがれ時の、灯りひとつない畦道を、暗闇に閉ざされた、ここからは確認できない村があるという方へ向かい歩き出した。男が背を向ける瞬間、顔は既に辺りを覆った暗闇に呑み込まれていた。
僕はカーブを描いた畦道の、小さくなった男が、樹立で隠れて見えなくなる地点まで、その後ろ姿を見送った。それが終わると、紙切れを丸めて、小石だらけの、外界から閉ざされたような侘しい畦道の上に捨てると、再び車に乗り込み、狭い凸凹した道を慎重にターンして元来た道を戻った。暫く走らせると、舗装された道路に出た。取り敢えず一番近い町まで向かうことにした。やがて何台かの車とすれ違うようになった。また暫く走らせている内に、駅のあるまとまった町に入った。あの歩道橋がある交差点を左折すると、駅前通りに出るはずだ。駅の反対側を少し進むと日本海がある。今夜は波の高い海の音を子守歌代わりに耳にして、車上で眠るとするか。そんなことを考えながら青になった歩道橋の交差点を左折した瞬間、目の前に多くの警察車両が道を封鎖していた。獲物を見つけた捕食動物のように、僕を見つけた何台ものパトカーの、幾つもの赤色灯が気が触れたかのように突然その回転をはじめた。街灯の乏しい通りの出口では、封鎖車両のヘッドライトだけが眩しく一斉に点燈し、捕獲される者を舞台上のスターであるかのように強烈な光で一挙に僕と僕の車を照らし出していた。僕は車を一旦停止させると、急なバックで交差点まで後進し、そこでターンして交わるもう一つの道の先へ逃れようと試みたが、どこに隠れていたのか、つい先ほど通過したばかりの歩道橋のクロス地点まで戻る事も叶わずに、後方も一瞬のうちに警察車両によって封鎖されていた。僕は鹿に注意!の立札を片手に車から降りると、バックルから鉄砲を取り出して手当たり次第に発砲した。激しい銃撃戦が始まった。