先日、ワンセグに関するNHK受信料支払い義務に関する判決が出ました。
⇒ 「ワンセグ携帯所有者はNHK受信料不要、さいたま地裁判決」

要約すると、以下の通りです。

▲ 放送法には、協会の放送を受信することのできる受信設備を「設置」した者は、NHKと契約を締結しなければならないと定められている(第64条第1項)ところ、放送法において「設置」と「携帯」とは別の概念であり(法第2条第14号参照)、ワンセグ携帯を持つことは「携帯」に過ぎず「設置」しているわけではないから、ワンセグ携帯を持っていてもNHKと放送契約を締結する義務はなく、受信料も支払う必要がない。

この判決だけ見ると極めて明快な解釈だし、そりゃそうだと思われる方も多いと思います。でも、NHKからすれば、この判決は不意打ちと言っても言い過ぎではありません。その「わけ」を以下ご説明いたします。

そもそも放送法によってNHKとの契約締結義務が始まったのは昭和27年。そのころには当然テレビというのは「設置」するものであって、それ以外の概念は存在しえませんでした。その後、平成18年になってワンセグ放送が始まります。当然ながら、NHKのワンセグ放送に関して受信料をどうするかという議論は当初からありました。

少し調べてみたところ、最初に国会でこの点議論されたのが、平成18年2月28日の衆議院総務委員会。山本ともひろ議員(自民党)に対して、NHKの参考人が以下のように述べています。

「放送法32条で、NHKの放送を受信できる設備を設置された方につきましては受信契約を義務づけられているということでありまして、・・・今携帯電話でテレビが始まるということでございますけれども、・・・受信機能がある、チューナーがついているということでありましたら、当然ながら受信契約の対象になるものでございます。」

その後、国会では何度もワンセグ携帯のNHK受信料支払い義務の有無について質問が行われますが、NHKは、(実際に徴収するかは別として、)一貫して放送法の規定に照らして、ワンセグ携帯は受信料支払いの対象になる見解を述べ続けて参りました。巷には様々な意見がありましたが、この見解が揺らぐことはありませんでした。

しかしながら、これに変化が生じたのがその後の平成21年。
放送法が改正され、「移動受信用地上放送」(その後の「移動受信用地上基幹放送」、以下現行法に即して「移動受信用地上基幹放送」といいます。)なるものが追加されました。この言葉を聞いてピンとくる方はまずいないと思いますが、一言でいえば、先日サービスが終了した「NOTTV」のことです。

地上波のデジタル放送への移行に伴い、それまでの「アナログ波」の帯域が空きました。そこで、NTT DOCOMO、スカパーから、フジテレビやTBS、電通や博報堂まで、様々な放送や通信事業者、コンテンツ事業者が集まって、「移動受信用地上基幹放送」という枠組みで新たなコンテンツ提供を始めることになりました。(繰り返しになりますが、あまりの不人気のため数年で終了してしまいました。)

この「移動受信用地上基幹放送」を開始するにあたり、平成21年、22年と放送法が改正されたわけですが、この定義を定める際に、今回問題となった「設置」と「携帯」とが分けて規定されることになりました。

※ 放送法第2条第14号: 「移動受信用地上基幹放送」とは、自動車その他の陸上を移動するものに設置して使用し、又は携帯して使用するための受信設備により受信されることを目的とする基幹放送であって、衛星基幹放送以外のものをいう。

当然「移動受信用地上基幹放送」の事業の内容に関してはNHKも大いに意見を持っていたでしょうが、この事業そのものにNHKは何ら関与していません。そして、それ以上に、この部分の放送法の規定をどう改正するか、その書き方に関してNHKは何か意見を表明してもいませんでしたし、受信料との関係でこれが議論されたこともありませんでした。

※ ちなみに、この放送法改正の後も、ワンセグの受信料に関して何度か国会で議論されましたが、一度たりとも「移動受信用地上基幹放送」の定義との関係が議論されたことはありません。

つまり、NHKとは関係のない事業がたまたま始まったことで、NHKとは関係のない放送法の一部が改正され、NHKが何ら関与しないまま(「設置」と「携帯」とをわけるような)条文ができてしまったということになります。

NHKにしてみれば、今までの放送法には全くなかった穴が、全く関係ない人による全く関係ない箇所の法改正によって、自らが関知しない間に空いてしまっていたということに他なりません。もちろん改正される条文も確認していたでしょうが、まさかこの規定が受信料の支払い義務に関係することがあるなどとは決して思わなかったと思います。これを「不意打ち」と言わずして何というでしょう。

でも、それだけではありません。おそらく「移動受信用地上基幹放送」の規定を作成した当事者(おそらくは総務省官僚だと思います。)は、その書きぶりによってワンセグ放送のNHK受信料の支払い義務の有無が大きく左右されるとは夢にも思っていなかったと思いますし、もし受信料の支払い義務に影響がありうるということであれば、言葉の選び方は変わっていたと思います。当然総務省の中では、この規定を追加することで受信料の不払いの余地を拡大しようとは決して思っていなかったはずで、その意味で言葉の選び方を誤ったといえる当事者(総務省の担当官)は省内で十分な反省が迫られていることでしょう。

ともあれ、今回の判決のもたらす影響は決して小さくありません。今回NHKは控訴するとのことですので、おそらくこの判断はこの後高裁、そして最高裁と持ち込まれることになると思います。この後の判断は興味深く見守って参りたいと思います。

この件でNHKに肩入れするつもりは毛頭ありませんが、法律家の一人として、また立法過程に関与した者として、今までの法律解釈の内容やその是非が、そのこととは全く関係のない規定の書き方一つで大きく変わってしまう怖さを改めて痛感するとともに、ある意味で、立法の究極的な面白さも実感した次第です。

なお、最後に個人的な見解についても述べたいと思います。

今までもワンセグ携帯に関して受信料を徴収するということを実務としてどこまでやってきたのか(実際はやってこなかった)という点を踏まえても、そもそも本当に徴収が必要なのかは立ち止まって考えなければなりません。

その点をおくとすると、ワンセグ携帯だからといってNHKの放送が見られる以上は、今後もどういう形であれ、何ら受信料を支払わなくていいとする主張には個人的に大きな違和感を抱きます。
とはいえ、そもそもテレビの高品質なハイビジョンの放送とワンセグの低画質な放送とが同じ受信料というのは明らかに公平性を欠くと言わざるを得ません。したがって、何らか払うという立て付けにしておいた上で、その金額については今後検討すべき課題として認識すべきだと考えます。

いずれにしても、裁判の今後の展開を見据えつつ、しっかりと立法的解決を図るべきだと考えています。


前衆議院議員 三谷英弘