80歳の芥川賞を目論見、
細々と執筆を続けている、
マクロビ料理家の三田実由です🎵
(現在、自宅レッスン休止中)
夫の祐くんは、常に退屈…

らしい😒
私は一緒に暮らしているけど、
だからってどうしてあげることも、
出来ない。
する気もないけど…笑(^-^ゞ
彼は、退屈をなんとかしたい!
と、もがいて生きてきたって感じで、
それで、哲学・宗教・精神世界など、
様々な本を読み漁り📚
ワークショップなどにも参加して

どうしたら自分の想い描く人生に
出来るか…と、探求し続けてきた

どこかに秘伝があるかも…と、
あちこち探し🔍
果ては超能力にも興味を持ち⚡
模索したものの
何か、個人のもつ宿命のような、
変わらなたいことがあるのかもしれない

と、ようやく想い出した🆖
(深みにはまらず良かったよ~😅)
実は、そう言う私も、
哲学や精神世界に関しては、
かなりうるさいよん😁✌️
発端は、高校生の時に聴いた仏陀の話で、
『悟り』というものを初めて知って、
精神的に楽になるって素晴らしい🎵
と感じて、興味をもつようになった。
(祐くんに負けず劣らず安直😜)、
要するに、私たち夫婦の共通は、
心身共に自由になる!のよう

祐くんに出会って30年程(長っ💦)
結婚して、丸20年(あり得ない~

)
2人を繋いできたのは、そこ💡
そもそも感性が全く違うから、
日々の行動はほとんどバラバラで
(その方が気持ちが楽だし🎵)
互いの趣味の世界には立ち入らない。
そんな関係で、バランスを保ち、
今に至っている☯️
なぜか、他人からは「仲が良い」
と言われるけど、夫婦としては???
まあ、会話は物凄く多い

でも、話題の大半は精神世界の話で、
夫婦、というより同士だ💂
でも、感性が違うから見解の相違で
しばしば激論になる🔥💣
揉める度に、気持ちの安定を求めて
精神探求をしているのに、
バカみたいな話だと思っていたけど、
実は、それは『退屈』の
成せる業かも…と、先日気付いた。
私は、退屈ということについて、
あまり考えたことが無かった。
やりたいことはたくさんあるし、
日常が常に慌ただしい🏃♀️
だから、一緒にいる祐くんが
なんで退屈なのか、不思議だった。
私の慌ただしさの、少なくとも半分は
祐くんにも原因があって、
なのに退屈って、
どこ見て生きてんじゃあ~⁉️
と、腹立たしささえ
覚えることがあった💢😠💢
が、私は、鈍感で無神経f(^^;
(と祐くんからよく指摘される💦)
まあ、よく言えば楽天的😆⤴️だから、
ほんとは退屈しているのに、
そんな自分を知らなかったf(^^;
そして祐くんは
退屈について、常に考え悩み
もがいているけど、現実問題はおざなり。
霞食べて生きているかのようで、
相変わらず、社会的に安定しない

先日、祐くんはネット検索していて、
ラジニーシの言葉に出会った💡
(『退屈 原因』と文言を入れて
調べたようだ…笑)
そこに、退屈について、
わかりやすく書かれていると言って、
私にも読んで聞かせてくれた。
あ…ラジニーシというのは、
グルと言うか、精神的指導者
バグワン・シュリ・ラジニーシ。
通称はOSHOで、たくさん著書がある。
その言葉を聴いていて、
「私、ず~っと退屈だったんだ」と、
わかった(;A´▽`A
そして、祐くんに言われていた
『鈍感』は、当たっていた💦
以下↓読んでくれた一部
退屈は、人間の生活の中で
もっとも重要なことだ。
退屈とは、マインドが覚醒に
どんどん近くなり始めたときに
だけ起こるもので、
退屈は覚醒の対極に位置している。
しかし、退屈はあなたが
人生のむなしさに気づいたことを
示しているだけでもある。
人生は常に繰り返しであるからだ。
退屈するということは、
人生の無意味さや空しさについて、
大いなる理解が
あなたの中に生じつつある
最初の兆しでもある。
退屈には2つのやり方で
対処することが出来る。
一つは人々が普通することである。
そこから逃げる、それを避ける、
真正面から見ようとしない。
あなたの心を占め、
強迫的に夢中になれるものに逃げ込む。
それはあなたを生の現実から引き離し、
あなたは二度と退屈が湧きあがるのを
見ることはない。
それこそが人々が
アルコールや薬物を発明した理由だ。
しかし、あなたは本当には逃げられず、
しばらくの間、
それを避けることができるだけだ。
あなたは、セックスに逃げ込むこともでき、
大食いしたり、
音楽に逃げたりもできる。
あなたが逃げ込めるものは、無数にある。
しかし、何度も何度も退屈はおそってくる。
それは避けることができない。
人間の成長の一部だ。
それに直面しなければならないのだ。
もう一つの反応は正面から取り組み、
そのことについて、それと一緒にいて、
それになりきることだ。
後略。。。
う~む🧘そうだったのね。
私の過去の行動は、
退屈による症状の現れ。
その逃げ道に没頭していた😃💕
確かに、前のブログに書いた通り、
30代~40代前半の私は、特に重症だった😆
全てに夢中になり、全力投球だった。
良く言えば、仕事もプライベートも、
かなり充実していて、楽しいんだけど、
虚しさが常に、確かにあった😖💦
だから、メチャクチャ動き続けていた🚙💨
それで、仕事を辞めた直後(40半ば)に
大きな理由もなく鬱になり、
克服する手段を模索していて、
ヨガに出会い、断酒と玄米菜食を
半年間することを決意。
それで、精神が回復した⤴️
(マクロビはその最中に習い出した)
が、退屈と向き合ってはいなかった。
祐くんが読んだラジニーシの言葉には、
この後、もう一つの反応について
詳しく書かれていて、
行き詰まり気味の私たちに、
とても参考になった🧘♀️
この行(くだり)は、ラジニーシの著書
【JOY】に書かれてあるそう✌️
人間は退屈な人といると、
落ち着かなくなるらしい💥
つまり、動きたくなるそうで、
確かにそうじゃない?
身体の反応は、心に正直だ。
出来事についての反応も、それと同じ。
そう言うと、30代の私は、
39歳で町田のマンションを買うまで
引っ越し魔で、2年が限界だった🏠
かなりのエネルギーを傾けるわけだから、
退屈を紛らわすには、効果的な手段だ。
しかも、当時の私は、週の半分は
終電ギリギリか、タクシー利用🚕
いわゆる、午前様🌃か朝帰り🌅
あんまり考えたこと無かったけど、
どんだけ時間とお金持ちと体力を
無駄に使ったか😅
にしても、エネルギッシュだったと、
振り返って感心するけど、
それだけ退屈が嫌だったってことだね。
祐くんのおかげで、腑に落ちた🍀
精神世界に関しては、
祐くん以上の話し相手はいない😃🎵
だから、友たちに自分から
コンタクトすることがほとんど無いし、
LINEとやらも、活用出来ていない。
家で退屈が紛れちゃうもんね(*´∀`)♪
退屈に面と向かう……
難しいけど、チャレンジしている。
人生は苦なり(by 仏陀)
出来事(良い悪い)は繰り返し訪れ、
人間業で操作するのは、なかなか難しい。
じゃあ、どうするか…
やはり心の在り方しかない✨
今日の長野は晴天☀️
暑いけど、吹く風は気持ちいい🍀😌🍀
仕事が休みで、
あんずジャムを作った↓

長野はあんずの産地なので、
スーパーでオレンジ色の
あんずがたくさん並んでいて、
最初、びわかと思った。
甘酸っぱいジャムになったよん😁✌️
もう一つ、
↓ズッキーニのピリ辛醤油漬け

いつもは、きゅうりで作るんだけど、
ズッキーニが冷蔵庫の奥から出てきて、
傷む寸前だったから、作ってみたら、
なかなかグー👍
おやつに↓クッキー食べたよん🥠

そば粉・バナナ・ココアに、
キャラメルシロップを入れてみた👌
一応、グルテンフリー✨🆓✨
梅雨明け、そろそろかな~?☂️