約40年前の失語症の後、私はリハビリになると考え、依頼された本は無理してでも書くことにし、それが最終的には10冊以上になっています。そして、英語の本については、翻訳をいくつか手掛けました。しかし、英語で自分のオリジナルの本を書くことはついにできませんでした。その理由の一つは、依頼ないし企画書の検討依頼などがなかったということがあります。ただ最大の理由は、そもそも失語症後に、自分が書く英語には全く自信がなかったのです。もちろん短い英語論文はかなり書きましたが、ボリュウムのある本を貧弱な英語で書くことは無理だと感じていました。

 

 しかし、本を書くことについて、現在はあまり言語の問題ではなくなっています。とても良い翻訳ソフトがあるからです。それより、むしろ書くネタ(オリジナリティ)があるかどうかが大事になっています。実は、2015年に日本語で、共立出版から本を出版していました。『モダンアプローチの生物科学(共立出版)』という本です。これはゲノム配列に対する俯瞰的な解析をまとめたもので、全く新しい生物に対する見方を提出しています。いつかは、この内容を中心に、英語の本にまとめて、世に問うことができれば良いのだが……と、漠然と考えていました。脳梗塞になる4年程前のことでした。

 

 

 その後、2018年に比較的短い論文を一つ出版した頃、英語の本について、企画書をまとめてみないかというオファーがありました。推薦してくれたのは、国立遺伝研で進化学の大家の斉藤成也先生でした。私は元々物理屋で、生物の物理的性質を中心に研究してきたので、進化学は生物科学の中でも最も遠い分野のような気がしていました。それで、このオファーには大変驚きましたが、斎藤先生の懐の深さを感じ、執筆を決意したのでした。

 

 ところが、企画書が通って、執筆に取り掛かって間もなく2019年の2月15日に、脳梗塞右半身不随となってしまいました。執筆どころではなく、最初は命も危ないと自分でも感じました。約1週間後、横になったまま動く左手の指だけで、執筆延期のお願いのメールを書き、Springerの担当者に送ったのでした。その後も執筆の意欲自体は十分あり、脳梗塞の約3ヶ月後にタイピングの練習を始め、脳梗塞の発作の1年後にブログを始め、さらに約1年後原稿執筆を再開しました。ただ集中力がイマイチで、感染までの時間がかかってしまいました。

 

 そして、約3年をかけて、出版に漕ぎつけたというわけです。上図の表紙に示した通り、”Evolution Seen from the Phase Diagram of Life”です。その間、出版は無理かなと思うこともあったのですが、この数年の翻訳ソフトの発展がとても進み、それが大変役に立ちました。とにかく私の頭では想起できない言葉やフレーズも、しばしば吐き出してくれます。もちろん、翻訳ソフトが吐き出す文全体が、実際に読める文章かどうかの判断は、自分でしなければなりません。また、ニュアンスを含めて意味を取り違えていないかの判断もしなければなりません。しかし、私は翻訳をたくさんやっていたので、読める英文かどうかの判断いついては、その時の経験が大変役立ちました。ですから一応読める英語の本にはなっていると、私は思っています。

 

 ちなみに本を読みたい方は、インターネット検索で、『Springer Mitaku』で調べていただくとSpringerのEvolution Seriesが上の方に出てきます。ちなみにeBookでは14871円でした。また、Amazonでは、今は品切れ状態になっていました。Front Matter(Prefaceと目次)と各章のAbstractは自由に読むことができます。

 

 内容のポイントについては、いずれ紹介したいと思いますが、このタイトル”Evolution Seen from the Phase Diagram of Life” (生命の相図から見た進化)に対して、違和感を感じた人に読んでもらえらばありがたいと思っています。

 

 次回は、「閑人閑話 その101(春暖かくなると、『今年も1年生き延びたぞ!』)」です。