久しぶりとなる、名鉄百貨店ナナちゃんです。

今日はヨドバシカメラへパソコン用日品を求め、車椅子で出かけました。

 

名鉄名古屋駅から車椅子で地上に出るには、名鉄百貨店の北西エレベータから。ナナちゃんとは最も遠い所です、

宝くじチャンスセンターの前を通り、、名鉄百貨店正面を通り、近鉄パッセの正面を通り、ナナちゃんストリートへ。

 

こんな顔出しパネルが設けられていました。

 

今日のナナちゃん。

 

全身。

 

上位ズーム。

 

お顔主変。

 

横から

 

真後ろから

 

真後ろズーム。

 

右横から・

 

足元

 

壁面広告。

 

 

今回の衣装広告スポンサーUber Eats。

寒い日は Uber Eats でいいんじゃない、のCM放映記念だそうです。

ナナちゃんも Uber Eats の配達員。

 

これら写して、エレベータで名鉄バスセンターへ。名鉄バスで松坂屋へ。松坂屋前の停留所、いつも違法駐停車の車がいますが、今日は無事に歩道沿いに着けられ、下車でした。

 

おしまい。

今日は土曜日で病院透析日。

病院へ向かう道中は青空。

遠くの山が見える気象条件。

今日はリハビリが無いので、病院4階へ行くことは無く、3階エレベータホールの東向き窓から御嶽が見えました。

 

御嶽の左側には、乗鞍岳も。

乗鞍の方が低く見えますが、これは御嶽より約90km遠いためです。

 

ブログ再開から二回目でした。

ベッドの中からブログ書いています。

皆様、こんにちは。ご無沙汰しております。6月のある日を境にピタッと更新が途絶え、何か有ったんpでは?と心配された方もいらっしゃると思います。

この間、6月19日朝、体が全く動かないことに気づいて眼がさめ、どうこうしようと体が動かない。そのうち突然の吐き気で傍らにあったゴミ袋に嘔吐でしたが、あれ上手いこと命中しただろうか。

これはただ事ではなく救急車を呼び、一宮市民病院へ緊急搬送。緊急搬送中の救急隊員から脳梗塞の疑いと。脳梗塞、困ったなぁ。私の頭は切れることで知られていたのに。

市民病院へ到着。普段出入りしない救急救命治療室へ。

CTを撮って、小脳出血との徳陽ある脳神経外科医の診断。

とにかく状況が状況なので、今日はここで泊った頂く(入院)。止血剤を投与し、それでも明日、出血していれば出術ね。

そして翌朝、CTを撮った結果、まだ出血が続き、緊急手術が決定、手術は頭を開く開頭手術ではなく、後頭部に小穴あけてステートメントを挿し込み沿革で操作するものらしいです。それでも全身麻酔。手術が終われば、母と叔父が来ていました。

 

 さてこれで療養生活が始まります。市民病院にいるうちは体が全く動かず、せいぜいスマホを扱う手だけ。

こういうものは日にちくするだと、特徴ある脳神経外科医はいいますが、とにかく首を左右に振るだけで強烈な吐き気。

 

 そして10日ほどして、市民病院を追い出されることに。一宮市民病院は三次救急病院なのでほぼ全床が至急病棟です。

この先、リハビリが行えて透析が行える病院ということで、これまで透析を続けていた尾西の泰玄会病院を指定、7月の頭に転院でした。暑い日が続いていたそうですが、私は昨夏、暑さに触れたのはこの時だけでしt。

泰玄会病院での療養も車椅子移動が可能になりましたが、

感染症予防のたけ、病棟から出ないで、とのことで、スマホでTwitter三昧の日々。

二足歩行は出来ぬまでも、そろそろ退院したいと主治医に申したら、退院後の生活を考え、ケアマネージャーの選定、介護保険の認定、んど諸々の手続を経てようやく、病院を出られました。

 

 が、翌日の透析室で透析終了後に休憩室から更衣室に向かおうと、車椅子から立った瞬間、車椅子の折り畳んだ足載せ台に足を引っかけ転倒、頭は壁に激突、すぐ透析室から看護師がかけつけ、とりあえず、緊急外来へ運びこまれ、医師の診察でレントゲン、恐らくどこが骨折したのかお分かりですね。左脚股関節、大腿骨頸部骨頭の折損で、治療法はこの頸部骨頭を取り去りチタン製の人工骨頭をはめ込むもので、当然なら入院、退院して翌日に入院となってしまったことで病院中に有名になりました。w

これには「転倒レポート」という病院内で転倒されたものは全て報告書の形でまとめ、全職員に周知し、要注意ヵ所を徹底するものだそうです。その転倒レポートに私のことも掲載され「知っている人は知っている」状態。病院では事務の人まで有名になってしまいました。

第二次入院から3日後に手術。整形外科の知っている先生、手術室に入ると先に先生がいらして、「頑張りましょう」、すかさず私は「頑張るのは先生や。宜しくお願いします。」で手術台に載せられ、背骨の下の方で麻酔を行い下半身だけの部分麻酔、手術が始まるといろいろな音が聞こえます・伝道鋸の音、打ち付けると、まるで大工作業。しばらくして「終わりました」。この骨折の入院は3週間ほどで終了でしたが小脳出血による不安定性もあり、直ぐには出してもらえなせbbでした。ケアマネージャー、リハビリの担当技師に無理にお願いして退院しました。

 

退院しても介護ベッド上で生活、透析に行く時だけ相出で入院中とあまり変わらない暮らし・パソコンをベッドへもってきましたが、約5か月のたまった仕事が優先、ブログ更新は後回しから、そのエネルギーが下がってしまいました。

今日は、阪神淡路大震災から30周年。目の当たりにした震災で一生忘れられない出来事です。今日だけはブログお休みにするわけにはいきません。

 

1995年1月17日未明、この晩は全然寝られず5時も過ぎて、外を行く若者たちの声が聞こえmした、あれは何だ?と、何か見えたとか、そんなことが聞こえました。

やがて家が揺れ始め、地震だと気づきました。揺れはやがて振幅が大きくなり、ユッサユッサと南海トラフの地震が起きたのか?と思いテレビを点けると、どうも関西方面が震源地らしい。

テレビはやがて大阪放送局のものになり、日の出で明るくなると空撮の映像。

深江の阪神高速は横倒し。阪神電車の御影電留線が方向井出8000系車掌が転がっている映像。これらがこうなので、他も察する次第です。

 

一・一七希望の灯り

 

これ過去のルミナリエの日に写したので、バックのルミナリエの灯りも写ってしまっています。

 

一九九五年一月十七日午前五時四十六分
阪神淡路大震災
震災が奪ったもの

命 仕事 団欒 街並み 思い出
… たった一秒先が予知できない人間の限界…
震災が残してくれたもの

やさしさ 思いやり 絆 仲間
この灯りは

奪われた

すべてのいのちと
生き残った

わたしたちの思いを

むすびつなぐ

 

今年は午前5時46分の東遊園地における集いの場において、碑文を朗読されるということが有ったみたいです。

私はこの碑文を覚えていまして、その言葉の意味をしっかりと噛み締めました。

 

ちょっと用事が出来て1990年か1991年に神戸に通い出して、神戸って好い街だなと思うようになり、次第に通うこと自体が楽しみになりました。

そうしたところのこの地震。

それから30年か。私は直接体験したわけではないですが、震災は体験しています。

この事実を後世に語り継いいで行く役割。

地震から30年も経つと当時を知らない人が多くなります。

私に置き換えて考えて見ると、私が住まう地域は1959年の台風15号による伊勢湾台風被害が甚大な地域です。当然私はうまれていませんが、母、祖父母が伊勢湾台風を経験しており、私自身伊勢湾台風からさほど年数を経て生まれたわけではなく、まだまだ台風災害が色濃く残っていた時期でした。

 

30年人も変わるし人の顔つきも変わる。

変わらないのは私の顔くらい。w

 

そんなわけでこれからブログ復活しますが、庭の花すら見に行けない状態で、つまらないブログになりそうですが、宜しくお願い申し上げます。

今日は月曜日で透析は無く、私の時間ですが、近くの一宮市民病院で外来診察でした。

 

診療科目は皮膚科で、経過観察の外来診察。

皮膚科は、透析の泰玄会病院でも診てもらうことがありますが、市民病院では皮膚科の最初の診察があったので、その継続でもあります。

 

これだけではナンですので、今日の我が家のアジサイ。

玄関から真っ先に目に入る花。

 

下の方の花。

 

ブツブツの咲きかけ。

 

一番小さいつぼみ。

 

 

ムラサキカタバミが結構咲いています。

 

 

 

 

 

こんな小さな黄色い花も。

 

カエデ紅葉。

 

 

 

おまわりさんに助けられたことある?

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おまわりさんに助けられたことある?ですけど、無い、に一票ですね。
「助けられた」というものではありませんが、少し(かなり)前、方向感覚が狂ってしまい、道案内で交番に入ったことはあります。その時のおまわりさん、「助けた」というものではないですね。地図を見て、現在地を把握して、私も理解しました。

今日は日曜日で、久しぶりの東山植物園。

脚が痛いのは相変わらずですが、昨日の病院の帰り、いろいろ歩いたら、翌日の(すなわち今日)東山植物園へ行けそう、ということで、三か月ぶりに東山植物園へ参りました。ただ、「散策」出来るまでは脚痛は収まってはいないので、最低限だけの訪問です。

 

自宅最寄りバス停から、名鉄バス~名鉄電車~地下鉄で星ヶ丘駅下車。

しんどい6番出入口階段は、今日は本当にしんどく、時折休息」しながらでした。

星が丘テラスイーストエリア2階。

 

 

 

 

イベント広場の手前に、アンパガサス。

 

 

あじさいの品種、アナベル。

 

イベント広場では、吹奏楽の演奏会。

 

 

そして坂道へ。

ここ、星が丘自動車の入口を越え、少し行ったところから、勾配がさらにきつくなります。

ゆっくりゆっくりの歩行です。一つは暑いもありますが、脚痛には、こうした勾配にはとてもきつく、この地点から画面向こうの星が丘門まで、5分ほどかけました。

 

星が丘門。

 

星が丘門は、ゲートに入ったところで腰掛になってしまいました。

ゲートを通るための障害者手帳を出すのに、一旦腰掛けてからの方がよかったのですが。

後で書く通り、東山動植物園のリニューアルは、私には不親切・不愉快なものになってしまっています。

 

星が丘トンネルの、リニューアル後。

 

 

 

 

元案内板のあった定点撮影。

園内バスが、日陰を選んで停まっています。

 

右側の草むら。

 

トンネル左側。

 

元案内板裏、ヒトツバタゴ林。

 

炭焼き小屋の林。

 

星が丘広場。

 

もみじルートは相変わらず運休中。公式webページからも消されてしまい。もう止めたのかしら。

車輛は修理が不可能なぐらいの故障だそうです。

 

この停留所ではなく、日陰に留まっていた園内バスに乗車。

お花畑停留所で下車。

 

お花畑。

 

ヒマワリ畑。

 

これ名前は失念しましたが、梅雨入りの指標ともなる花。

 

 

お花畑リニューアル後の展望台(らしい)、

 

上の方はかなり改造されています。

 

 

 

ここは桜の自生種や、クリの木がある、あまり手つかずの所でしたが、こんな感じで整備という名の造作が行われました。

 

さて戻ります。お花畑のこれ、市中にあるような照明設備ではないですか。

植物園は公園ではなく(名古屋市の規定では有料公園ですが)、夜間は入れないので、照明設備は不要に思います。夏季になれば、夜間公開の日程がありますが。

 

下へ降りる坂道。ここは崖側にアジサイの種類がいくつか植えられているので、勝手にあじさい坂道と呼んでいます。

 

口笛。

 

 

福牡丹。

 

 

 

日本寺。

 

七段花。

 

美方八重。

 

 

ここのあじさいは元来、高山で咲いていたもので、大部分がもうお終い。

いくつか遅い花だけを選んで

 

下に降りて、ベニバナ(紅花)。

 

第二緑陰トンネル。

 

 

 

合掌線を西へ。

 

カエデ。あおもみじ。

 

三叉路東のあじさい。

 

三叉路から日本庭園。

ここを右へ星が丘門へ。

 

鹿威しとクマザサ林。

 

星が丘門トンネル。

 

トンネルの内部は、映像作品が上映されています。

 

 

 

星が丘門ゲート内の休憩施設。

 

ここ約2cmほど高くなっており、躓く人が数名おりました。

これは分かりにくい。

 

腰掛けに座って休憩。

 

星が丘門から退出。

地下鉄に乗り一宮へ。

ここからは余談な話。

名鉄一宮駅バスターミナルでバスを待つと、緊急メールが到着。神戸地方気象台発表で兵庫県内に竜巻注意情報が発表とのこと。そんな雲行きかいな?とウェザーニュースの雨雲レーダを見ると、兵庫県どころかこちらも強い雲が接近。バスが発車し、JRの高架橋をくぐったところ。車窓から南西方向。

黒い雲が現れています。すると今度は名古屋地方気象台から緊急メール。愛知県尾張西部に竜巻注意情報と、防災proから緊急のお知らせで、一宮市に豪雨の恐れ。

 

雨雲の位置と距離から、バスを降りて自宅に帰るまでは、雨は大丈夫と予想しておりました。

 

バスは北へ向き、今度は東の空。

 

地元バス停を降り、西の空は黒い雲が席巻。

 

東の方も黒い雲。

 

何を言いたいかといえば、もうこの地点は豪雨の可能性にあるところにはいっています。

 

フワォt冷たい風が顔で認識できました。

まもなく豪雨が降ります。「家に入るまで待ってよ~な心境)

 

あと100m。

 

結局あと50mのところでポツポツポツ。

 

家の玄関に入り、鍵を締めたら、急にバチャバチャバチャと雨。数分ではなく、数十秒のタイミングでした。

 

余談含めて、おしまい。

 

あなたのお父さんはどんな人?

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あなたのお父さんはどんな人?ですけど、私が幼くして他界しているので、全く知りません。顔だけは遺影の写真で分かりますが、声は分からないです。
親類の人に言わせると、「お父さんに似てきたな」だそうです。
そんな遺影とは似ていませんが。
ただ理工系で機械モノが好きで、社会党系に惹かれるのは、全く父を受け継いでいるようです。