高市首相は、10月21日の就任以来、僅か十日余りの間に、ASEAN関連会議での諸国首脳との初顔合わせ、トランプ大統領来日、APEC首脳会議に絡めた李在明大統領、習近平国家主席らとの会談など、怒涛のような外交日程をこなされた。積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢が評価され、外務省幹部も「重要かつ難しい会談を一気に総なめにできた。ほぼ1年分の外交成果に値する」と自賛する一方、特にトランプ大統領に対して「媚びているように見える」「はしゃぎ過ぎ」という批判が噴出した。
男性は、保守もリベラルも概ね高市外交に好意的だったようだが、リベラル系の女性は手厳しかった。フェミニズム論の難しさを垣間見させるが、それはさておき。「今まで、トランプを上目遣いで見上げる国のトップがいただろうか?本当に情けない」と綴られた投稿に対して竹田恒泰氏が、「この身長差でどう見下せるというのでしょう」と変化球で答えたのには思わず微笑んだが、それもさておき。
蓮舫さんは、「肩に腕を回されなくても。笑顔を振り向かなくても。飛び跳ねなくても。腕を組まなくても。冷静な会談はできたのではないかな、と見えます。とても残念です」と書き出し、「『演出』ではなく『信頼』で成り立つ政治を求めていきたいと思っています」と投稿された。欧米流マナーによれば、腕を組ませたのはトランプ大統領の方だろう。日本流おもてなしでは「演出」も大きな要素であり、「演出」のない公式行事は味気ないし、「型」を敢えてちょっと外す「のりしろ」部分にこそ人と人との本当の意味での「信頼」が生まれるような気がする。
辻元清美さんは、外交の原則は「ホスピタリティの精神を持ちつつ、他国からも対等の関係に映るような姿勢を保つこと」と説明し、「他国の空母の上での振る舞いは、世界にどういうメッセージを送るかを考えて、一挙一動、細心の注意を払うべき局面だと思う」と投稿された。原則はその通りだろう。しかし相手は、外交の原則を破壊し続けるトランプ大統領である。首相周辺によると、首脳会談が終わるまでの高市首相は極度に緊張されていたようで、とりあえず終わった解放感から、米軍空母に向かうマリンワンの中で見せた笑顔あたり以降は、はみ出した部分があっただろう。それらはもはや余韻でしかなく、実際に首脳会談の前に趨勢は決まっていた。会談の冒頭、トランプ大統領に次のように言わしめたのである。「....anything I can do to help Japan, we’ll be there. We are an ally at the strongest level…」 会談前にトランプ大統領の部屋でともにMLBの試合をTV観戦するなど、トランプ大統領の懐に飛び込み、信頼を勝ち得たことの影響は並大抵ではなく、世界の外交コミュニティを驚嘆させたのではないだろうか。
そもそも蓮舫さんも辻本さんも、日本の外交の在り方をどのように捉えているのだろうか。1980年代の経済大国だったノスタルジーを引き摺っているのではないだろうか。いくら虚勢を張ったところで、日本はミドルパワーでしかないのにも関わらず、である。「ミドルパワー」の定義は明確ではないが、添谷芳秀教授によれば、「ミドルパワー」とは、国際政治の基本的な秩序を構成する大国ではないが、国際秩序に対して一定の修正を促すことができる程度の力をもつ国家のことであり、「ミドルパワー外交」とは、大国との全面的対立を放棄しつつ、紛争防止や多国間協力などに力点をおく外交のこと、となる。大国は国際秩序を構成し、基本的に自ら行動を決定することができる。そのような大国は現在、アメリカしかなく、中国ですらその途上にある準大国と呼ぶしかない。日本は、アメリカと唯一の同盟を組み、引越し出来ない隣国としての中国と、好むと好まざるとに関わらず付き合って行かなければならない。
しかも、この一連の日米首脳の会合は、アメリカ側にとって、言い方は悪いが、この後でAPEC首脳会議に合わせて行われる米中首脳会談の「前座」でしかなかったと思われる。しかし、日本の新しい政権を成す面々と(赤ちゃんとラトちゃんは除いて、それから茂木さんはトランプさんにかつてstrong manと呼ばれたが)初顔合わせし、日米の結束を確認する重要な「前座」である。言わば人を見定めるための会合だった。そして、世界の外交コミュニティは第二次トランプ政権に少しは慣れて来ているとは言え、かつて世界と異端児トランプ大統領との間を繋いだ故・安倍首相の再来として、日本の高市首相を明確に認識し期待しているのではないだろうか。それこそが今回の最大の成果ではなかったかと思う。
だから習近平国家主席も、トランプ大統領と一気に距離を縮めて日米同盟を盤石に見せて付け入る隙を与えないかのように振る舞う高市首相に、身構えたことだろう。だからこそ、日中首脳会談のときや公式写真でこそ、(中国人民向けの体面を考慮して)相変わらず仏頂面を見せる習近平国家主席が、APEC首脳会議の前に控室で高市首相と挨拶をかわしたときの一瞬に相好を崩した様子が、高市首相のXにアップされて、なかなか愉快だった。
なおついでながら、かつて高市議員時代の保守的な言説を警戒していた韓国左派の李在明大統領にも、「個々の政治家と、国家の経営を担う立場では考え方や行動が異なる」と高市首相の現実的な姿勢を評価し、「心配は全てなくなった」と語らしめた。会談の際、高市首相が韓国国旗に一礼したことも韓国メディアは好意的に報じたそうだ。細部にまで目が行き届いている。
再び添谷教授に戻ると、「日本の『ミドルパワー外交』には、日米同盟を軸に権力政治の舞台での足場を固めると同時に、『ミドルパワー協力』に日本の強みと主体性を見出すという、柔軟な二正面外交が求められている」とされる。「強かな外交」とは、岸田元首相が語っていたが、それを声に出して語っちゃあ、おしまいよ・・・の言葉で、語らずとも、笑顔を振りまきながら「強かな外交」を進めて欲しい。私としては「世界の真ん中で咲き誇る」ことまで求めないが、凛とした佇まいを見せて欲しい。