TBSのテレビドラマ「VIVANT」シーズン2に対して中国が難癖をつけた。またぞろ認知戦が始まったが、ちょっと違う視点で書いてみたい。
一応、これまでの報道を振り返っておくと、国営中央テレビ(CCTV)のニュースアカウントが10月25日の論評で、中国系の情報組織が行う拷問シーンを、旧日本軍が中国人に加えた拷問を現代の中国人に転嫁したものだと非難し、26日付の環球時報は「中国を中傷し、中国脅威論を誇張している」と断じたということだ。そこまでならまだメディアのイチャモンで済むが(とは言っても国営だから中国では特別な意味が含まれるが)、中国外務省報道官は29日、サンリオが日本のテレビドラマとのコラボを中止したことに関連し、文化作品を通じて中国を中傷する動きに警戒するよう呼びかけ(30日付のロイター)、中国国防省は1日、「(旧日本軍が)中国の抗日志士に加えた拷問を中国になすりつけ、侵略の歴史の美化をもくろんでいる」と微信(ウィーチャット)の公式アカウントに投稿した(1日付の共同通信)ということだ。たかが創作に対して、である。天安門事件後の政治的危機を背景に、江沢民の時代に始まった愛国教育の一環で流し続ける抗日ドラマでは、自らの残虐性には目を瞑り、残酷な旧日本軍をお決まりのパターンとして、さんざん他国を貶めておきながら、である(私は見たことがないが)。
旧日本軍が残酷ではなかったとは言わない。戦争という極限状況で、対抗し、見せしめにする必要があっただろうし、何より感化されたこともあっただろう。
数年前、神保町の古本屋で見つけて購入した『裏から見た支那民族性』(笠井孝著、日本外事協会版、昭和10年)には、最後の一項に「残忍と冷酷」とあって、見るもおぞましき記述に溢れている。最近(2022年)、『裏から見た支那人』としてダイレクト出版から復刻され、それがGHQによって禁書(焚書)扱いされていたことを知った。因みに本書は、中国人を貶める趣旨ではなく、「満洲国が出来たからとて、そのため満洲の漢人だけが、一躍美化された訳ではない」「あまねく出先の者の実地体験せる報告を基礎とし、これに筆者の十数年間に満喫せしめられた実例や、支那人から飲まされた煮え湯の味感やらを、加味して記述した」ものと緒言にあり、要は「五族協和」「王道楽土」のキャンペーンは良いとしても、現実を知らしめる警告の書のようだ。
保坂正康氏と鈴木邦男氏の対談集『昭和維新とは何だったのか』(中公文庫、底本は2017年の現代書館)には、昭和史研究家として多くのインタビューを重ねて来られたジャーナリストの保坂氏が次のように語るくだりがある。長くなるが引用する(同書P124~126)。
(前略)初期の日本軍の指導者たちは大体が士族階級出身だったので、戦闘における礼節や礼儀を弁えていました。たとえば死体を傷つけないとか、「降参」と言ったらそれ以上の手出しをしないといった戦場の基本ルールがあった。
日本兵の残酷さが顕著になるのは日中戦争以降です。むろんこれは日本兵も良くないのですが、中国兵の残虐行為に刺激され、日本兵も負けじと残虐行為を働くようになっていったという面もありました。当時、日本と中国では兵士の振る舞いは違っていて、当初は中国兵のほうが案外残虐でした。
(中国兵が虐待した死体の描写があるが、省略)行軍の際にそれを見た日本兵が感覚がおかしくなり、敵兵に容赦しなくなっていく。そういうことは確かにあったわけです。しかし、南京虐殺についての議論の際、先に中国側による虐殺行為があったから日本も対抗してそうなったという面もありますが、そうした中で日本兵が悪質化していくわけです。
このように戦争とは相関関係です。相手もひどければ、こっちもひどくなるし、逆にこっちもひどければ、相手もひどくなる。だから穏やかな国柄のビルマで戦った日本兵たちは、ビルマ人との戦闘では極めてきれいな戦争をした。もちろん撃ち合いはしても、死体には損傷しないというルールがあった。中国は違うんですね。
ビルマに赴任していた指揮官によると、中国から転属されてきた日本兵は乱暴で手を焼いたそうです。残虐な行為を見てきた兵なので、ビルマ人にちょっと抵抗されると拷問などを平気でしてしまう。「ここではそういうことをするな」と叱ったそうですが、日本の戦争の中でも地域や部隊によって違いがあると言えると思います。(後略)
長い引用になってしまった。「中国兵のほうが案外残虐でした」という、「案外」という形容はバイアスがかかり過ぎだと思うが(笑 中国を忖度する編集者が挿入したか!?)、概ね客観的で首肯できるのではないだろうか。南京虐殺について、ある研究者は、古来、(島国で他民族の侵略がほぼない)日本の街には(常に他民族の脅威に晒される大陸国にあるような)城壁を築くことはなく、城壁内で残虐行為を働くような習慣もない、と明言されていた。中国では「身に覚えがある」からこそ、日本も同様だろうと非難する頓珍漢を犯すのである。日本兵が残酷だとしたら、中国兵の残酷を映した鏡と見るのが妥当なのだろう。なお、公平を期するなら、その後、徴兵制になり、日本兵が軍人としての訓練(そこには戦時国際法を含む)をロクに受けることなく、また東条英機が「戦陣訓」で「生きて虜囚の辱を受けず」などと垂れたばかりに、逆に国際法上の捕虜の扱いを学ばずに残酷になることもあった可能性はある。
中国の度重なる認知戦によって、日本人の神経もかなり麻痺して、無感覚にすらなって来ただろうし、第三国においても良からぬ影響があるやもしれないことは懸念されるが、中国には、戦争の残酷性(という相互性)を冷静に見つめ、お節介ながらも、自分だけ良い子になろうとする児戯じみた行動は恥ずかしいと、いいかげん気づいた方が良いと思う(が、プロパガンダは止められないのだろう)。