「一つひとつ」という言葉は、6日にノーベル生理学・医学賞を受賞された大阪大学・坂口志文特任教授の座右の銘だそうだ(8日の日経・春秋による)。これを聞いて自分の浅はかさに呆れた。恐らく(レベル感は違えど)私も似たような思いでやって来たと(失礼を顧みずに)思うのだが、表現の仕方が天と地ほど違う。
長らく社会人を続けて来て、あるとき、ふと振り返って、「なんだか流されて来たなあ」との思いが込み上げて来た。サラリーマンなどなりたくなかった。しかし田舎から裸一貫で大阪に出て汗水垂らして働いて二人の子供を大学に入れてやっとの思いで家を建てた父が、公務員はいいぞと勧めたのに反発しつつも、道楽のような職業を目指したいとは言えず、敢えて東京に本社がある民間企業を選ぶことで妥協して、家を飛び出した。
そんな話を、懇意にしている(私とは20も歳が離れている)自衛隊の元幹部の方に話したら、しかし君も目の前のこと「一つひとつ」に全身全霊を込めて当たって来たと自負できるのではないのかとやんわりと諭され、返す言葉がなかった。確かに私はサラリーマンの身分を不本意に思いつつも、だからこそ却って自らのアウトプットには手を抜くことなく常に自分なりに満足の行く完成度を求めてやって来た。ちょっと格好をつけるとすれば、それが私の美学だった。
続く8日には京都大学の北川進特別教授がノーベル化学賞を受賞された。今日の日経・春秋によれば、「学生らには『運・鈍・根』の大切さを繰り返している」そうだ。運と鈍いくらいの粘り強さと根気の三つが大切、ある人に言わせれば「鈍」=「鈍感力」はすぐに反応しない、感情を引きずらない力、「根」は続ける力、なのだそうだ。先の日経・春秋は、坂口教授も同じ言葉を口にしていたという。
この季節になると、何故、日本ばかりがノーベル賞を受賞するのかと僻む声が近隣国から聞こえて来る(微笑)。日本と違って、若い学者が自由に研究できる環境や失敗を意に介さず忍耐強い研究を支えるファンディング制度などの科学技術インフラが脆弱であり、人は「金にならない研究」には見向きもしない傾向が相対的に強い、などと韓国科学技術院の某教授は反省して見せる。後者の国民性(また人民性)はその通りだろうが、前者は日本だってお世辞にも整っているとは言えないのではないか。
真実は別のところにあると思う。日本人は職人気質を尊ぶ国民である。儒教が根強く科挙に染まって詩文は尊ぶが武人や職人を蔑む近隣国とは対照的である。目先の金には目もくれず、途方もないことを夢見るか特に深く考えることなく、手際よく片付けることよりも出来栄えの良さを求めてコツコツと一生努力を積み重ねることを厭わない浮世離れした変わり者が一定数いる。そして重要なことは、自分に評価軸があって世間の評判を気にしないことだ。東京大学や京都大学出身の知人を乱暴に分類すると、どうも東大卒業生で首都圏の私学出身者は小さい頃から勉強を始め、多数派が求める効率を重視し、要領が良いのに対して、京大卒業生で地方の公立出身者はのんびり育ち、少数派のへそ曲がりで偏屈を好み、自らのこだわりには時間を惜しまない不器用な傾向があるように思うのは、私の偏見に過ぎなくて、「日本人ノーベル賞受賞者の出身校一覧で、東大を抜いて京大がトップに、高校は地方公立が優勢」と報じた産経新聞や、「京大卒のノーベル賞10人、東大抜き国内最多に…『議論重ね研究を突き詰める伝統生きる』」と報じた読売新聞に迎合するつもりはないが、符合する。
上野千鶴子先生は最近、あるところでこんなことを言われていた。「東大は秀才を育て、京大は異才を育てるような風土があると感じています。私の学生時代の経験を振り返れば、京大は『教育せず、されず』、つまり学生は放し飼いでした。だから、当たりハズレもありますが、学生の発想を抑圧しないので、個性的な人は出てきやすいと思います。」 秀才と異才の対比はお見事だが、そもそも京大に集まる人に異才が多く、大学の放し飼いの環境に馴染んで、益々、個性を発揮する人が出てくる仕儀に思えてならない。そしてそれは、東大が官僚養成学校としてスタートしたのに対抗し、京大が自由な学問を志すという生い立ちに起因し、伝統となって今に至るからに他ならない。
だから近隣国には申し訳ないが、30年後も彼らに出る幕はなく、やはり日本人の異才がノーベル賞を受賞し続けるような気がする。