東京で世界陸上が開催されるのは、1991年以来34年ぶりである。あの時、開会式で音楽を担当したのは坂本龍一さんで、男子100mで9秒86の世界新記録を出して引き上げるカール・ルイスに「ヘイ、カール!」と呼びかけて話題を独占したのは長嶋茂雄さんだった。この二人も今は天に召されてもういない。

 今大会で特に注目していたのは、女子やり投げで二連覇を狙う北口榛花さんと、女子800mに初出場の高校生・久保凛さんだった。因みに私は高校時代に陸上部に所属し、意外にもやり投げが苦手で、陸上部の顧問でもあった学年の体育教師に、陸上部のクセして全然飛ばせん奴がおる、みたいなことをあちらこちらで吹聴された苦い思い出がある(野球の遠投は得意だが勝手が違うと言い訳した 笑)。専門は1500mを中心に800m~5000mをカバーする中距離で、800mには思い入れが強い(私には短距離的で一番キツくて、ゴールとともにぶっ倒れるほど消耗した)。

 昨日、女子やり投げ予選が行われたが、北口榛花さんは60m38の平凡な記録で、突破ラインの62m50を超えられず、さらに決勝進出条件の上位12人にも入ることが出来ずに、あっけなく敗退した。6月に右肘の炎症を起こし、7月の日本選手権は欠場し、約2か月ぶりに実戦復帰したダイヤモンドリーグでは60mを超える投擲を見せて復調を感じさせたが、間に合わなかった。号泣したが、この人には笑顔が似合う。本来の強さを取り戻してまたフィールドに戻って来て欲しい。

 一昨日には、女子800m予選が行われ、久保凛さんもまた2分02秒84という(本人にしては)平凡な記録で7着に終わり、この種目で日本人初となる準決勝に(期待されていたが)進めなかった。

 位置取りが悪い作戦ミス、ということに尽きるだろう。日刊スポーツは「世界の壁は高かった」と書いたが、壁が厚かったと言うべきだ。最初の入りが速くて、オープン・コースになったときには内側レーンの後方につくことになり、大柄の外国勢に囲まれてポケットされた状態になってしまった。その後、集団のペースが落ちても、なかなか前に出られず、600mあたりではイタリアの選手に一瞬の隙を衝かれて前に出られて、一時は最後尾にまで後退した。国内レースでは敵なしでぶっち切る彼女にしては珍しい、初めて見るシーンである。本人曰く、「最初から被せられてしまって、前に行くのも危険な状態でした。途中で『どうしたらいいか分からない』と思ってしまい、何もできなかった」「3、4番手につけるところで、ちょっと遠慮してしまったかなという部分があって……」 実力を出し切れない無念のレースで、さぞ悔しかったことだろう。「最初から想定していたレースプランで行かなくて、前半から何もできなく終わってしまったレースですごく悔しい。もっと強くなってこの舞台に戻ってこようと思います」と、テレビのインタビューでは気丈に答えていたが、取材エリアでは号泣したそうだ。

 まだ17歳。毎朝4時半に起き、単独走中心の練習に励み、陸上の監督は「練習を説明して断られたことが一度もない。絶対にクリアする強い心を持っている。30年近く指導しているが、こんな選手はなかなかいない」と証言する(日刊スポーツ)。ロス五輪のときでもまだ20歳。もっともっと強くなってトラックに戻って来るのを待っている。

 この二人に限らず、残暑厳しい折、トップを目指すアスリートの皆さんには心から拍手を送りたい。言い訳がましいが男子100mにも勿論、注目していた(しかしコメントする暇もなくあっという間に終わってしまっていた)。今日は男子4×100mリレー予選と、女子5000m決勝があって、田中希実さんが出場する。そんな東京2025世界陸上も、いよいよ明日・日曜日にフィナーレを迎える。