亀岡3日目の修行最終日の夕方は座談会で自己紹介と修行に参加した動機などを
それぞれ話をした。
春休みと重なっていた事もあって子供の修行者もいて、とても賑やかだった。
子供の引率かたがた大道場修行に参加されている保護者もいたので、綾部に移動する人数は
4人となって少し寂しい気持ちにもなっていた。
4日目の朝食を取っていると本日から修行に参加すると言う方が隣の席に座られた。
大道場修行に参加すると、皆が暖かく気さくな事に気がつく。
お世話する、声をかけるのが当たり前のように。
「あら、私と同じ名前!」
しかも漢字まで同じ◯子。
ここでも神の采配か〜!
移動する電車の中でもずーっとおしゃべりして、あっという間に綾部に着くと
受付で「ダブル◯子さんお二人は同部屋でお願いしますね」
サポートしてしてくださる方をまた派遣してしてくださったなんて…
粋なはからいです。
綾部でのもう1人の参加者と合わせて合計6人に。
4日目、5日目も何も心配することなく◯子さんのお陰で充実した時間を過ごす事が
出来ました。
綾部に到着後すぐに、神苑の案内をしていただきました。
長生殿、移築された古民家 、御神木、金竜海、そこかしこにお祀りされている神社など
はあ〜たまりません…
古民家のすす焦げた匂いもなんとも言えない、いい匂い。
五感が喜び過ぎて幸せ。
5日目最終日は、晴天に恵まれました。
朝拝、お筆先浄写、神苑巡拝、金竜海を船で渡り大八洲神社参拝など駆け足で
参拝させて頂きました。

八百万の神が宿るとされる御神木の榎

弥勒殿
本当に美しい建物でお隣の桜も綺麗でした。
修行1日目はぐったりしてしまって5日間も大丈夫だろうかと思っていましたが
終わってみればあっという間でした。
自然に囲まれた土地のご神気と広い神殿での祝詞に浸り続けたお陰なのか
高熊山登山の筋肉痛もなく、5日間の修行をを無事に終えられたのは、自然に囲まれた
土地のご神気と広い神殿に反響する祝詞を浴びる事ができたからでしょうか。
惟神霊幸倍ませ(かんながらたまちはえませ)
「惟神霊幸倍ませの“惟神”は神意のまま、という意味で、全体として、“どうぞ神さまの
思し召しのままに、神霊のご加護をたまわりませ”という意味である。
いかなる場合にも、人の勝手な願望を先に立てず、まず神の御心のままにと、念ずる
ところに、信仰の徹底境があるのであり、またそれなるがゆえに、この祈りの言葉に
よって、偉大なる神力のご発動を仰ぐことができるのである。」祝詞の解説より
これ、祝詞奏上の際は必ず出てくる言葉なのですが、皆様はどのようにとらえますか?
神社に行って私事を願うのか、神様の思し召しのままにと祈るのか、いかがでしょうか。
修行最終日に大本本部メディア担当の方からインタビュー受けました。
修行に参加した動機があまりにも衝撃的だったのでしょう。
機関紙の7月号に載るそうです。
宗教にいだく印象は、昨今ではあまり良いものではないように感じますが、2年前も今回も
勧誘された事は1度もありません。
信徒であろうとなかろうと修行に参加すれば禁足地にも案内して下さいます。
大本の使命は政治、宗教、民族の境を越えて1つになる事。
門戸は誰にでも開かれています。
大道場修行は、これにて完となります。