10年前の今日、東関東{日本)大震災で多くの方が犠牲になられました。
67年前の、昨日(1945年(昭和20年)3月10日の深夜、米軍による東京大空襲で多くの方が犠牲になられました。
10年前は防ぐことのできない自然災害、
67年前の空襲は、明らかに人による、人殺しという人災。
太平洋戦争末期、日本全土が標的となり、大規模な無差別爆撃が繰り返された。 空襲による民間人の死者は少なくとも40万人以上、米軍が本土に投下した爆弾 は約16万トンとされる。

米国のそれは、実験までして如何に効率よく日本の民間人を
多く殺せるかでした。
頻発する空襲を経てもなお
「空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」と言い続けた日本政府
1945年(昭和20年)3月10日の深夜0時08分、約300機のB29爆撃機が東京上空に飛来し、約2時間で33万発以上の焼夷弾を投下
一夜で10万人が死亡し、罹災家屋は27万戸。推計100万人が焼け出される
この大惨事を受けて、さすがの日本政府も「逃げずに火を消せ」の方針を変更するかと思いきや、そうならなかった。
空襲の直後、西尾壽造・東京都長官(現在の知事にあたる)と
坂信弥・警視総監も、都民にむけた告諭で次のように呼びかけた。
【東京都長官と警視総監の連名による告諭】
”・罹災者の救護には万全を期している。
・都民は空襲を恐れることなく、ますます一致団結して奮って皇都庇護の大任を全うせよ。”
空襲による悲惨な被害実態はラジオや新聞で報道されず、
「被害は僅少」という大本営発表が報じられた

さらに、この日の午後7時20分、小磯國昭首相はラジオ演説で次のように国民へ呼びかけた。
小磯首相のラジオ演説
”敵は、今後ますます空襲を激化してくると考えます。
敢然として空襲に耐えることこそ勝利の近道であります。
断じて一時の不幸に屈することなく、国民が聖戦目的の
達成に邁進することを切望する。”
3月12日名古屋・13日大阪、約280機のB29により大空襲
17日神戸
1944年6月16日、中国・成都の基地を飛び立ったB29が初めて日本本土を爆撃した。北九州の八幡製鉄所を狙って高高度から爆弾を落とし、300人以上が犠牲になった。
1943年、日本がまだマリアナ諸島などを統治している頃より
日本空襲の研究、訓練をしていた。
資料によれば、アメリカの砂漠地帯に日本住居を真似たものを
つくり、爆弾の研究をしていたという。
更に、原爆投下という国際法を無視した、非人道行為にはしったのである。
鬼畜以外の何者でもない。
そんな連中に尻尾を振っている日本の政治家が情けない。
国連脱退!
日本の指導の下に世界を人間の住みやすい国に
しなければ、先人に顔向けができない。
コロナに騙されるな、日本人の質が低下してきていると
言われているが、中高年の努力次第だ!