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MIT.EGG 3.0

某工科大学とはなんの関係もありません。
まだまだ工事中。

(今回より文体を変えています)


解散してから隔世の感があるけれど、自分を含め今でもDANCEROIDが大好きだったというファンの知り合いはまだまだ多い。

Twitterではbioに未だDANCEROIDの名前を入れていたり、当時の写真をヘッダに使っている人もいる。

実は解散してからずっと、なぜ私はDANCEROID(以降DRとも表記)が好きだったのか、自分にとってDRとはなんだったのかを考えていた。


ということで、以下数回にわたり考えていたことをまとめてみる。

例によって長いので←暇な時にでも読んでいただければ。


■見る側を外に連れ出した

最初はみんな一投稿者だった。

高いパフォーマンスや、ネタを仕込んだ動画、あるいはビジュアルの斬新さで視聴者を楽しませようとするところが評価されランキング上位にいた、普通のニコ動ユーザーだった。


ところが彼女たちはグループを組んでDVDを発売するなど、それまで見たこともないような新しいことを始めた。

そしてライブイベントを行い、画面上で見るだけだった存在からリアルの世界に飛び出してきた。「踊ってみた」のジャンルから商業ベースで広く一般を対象に集客するイベントをしたのはDRが初めてだった。

もちろん、それまでにもネットユーザを対象にしたライブイベントは他にもあった。でもそれらは同人活動の域を出ず、2回、3回と続くものではなかった。


DRの活動はメンバー7人の3期になってから特に活発化し、ライブイベントを定期的に行った。

イベントに行けば生でパフォーマンスが観れるうえ、動画の感想等を直接本人に言える機会もある。

結果として引きこもりがちだったネットユーザーを外に連れ出した。いまでこそ踊ってみた系のライブイベントは全国で毎週のようにあるが、これはDRの活動がきっかけで起きたムーブメントだと思う。

現場に行けば友人もできる。時期的にSNSが流行り始めたことも重なり、初期のmixiから現在のTwitterへと情報共有するツールは変わったものの、ブームを作り出す条件である「共感と共有」の土壌は揃っていた。


極論するとDRは動画視聴の楽しみ方を、自宅に引きこもるタイプのライフスタイルから、リアルの場で楽しめる健康的(?)コンテンツに昇華した、時代の先駆者だったといえる。

ウォークマンによって屋外で音楽を聞くライフスタイルの変革をもたらしたソニーのような存在、といったら言い過ぎだろうか(笑)


(続く)