■本日の【金の魂語】(きんのたまご)
この愛は、誰のための愛でしょうか…
その愛は、誰かのための無償の愛でしょうか…
恋愛、子育て、家族、友だち…
愛するという思いに、打算的な見返りを求めてしまえば、
たちまちどのような愛でも…
ただの「依存」へと形を変えてしまいます。
「無償で人を愛する」という強さは、
努力や感動・様々な経験を重ねて
少しずつ身に付けていくものだと思います。
例えば、子育てというテーマで言うなら、
子どもたちに対して、
自分の老後の面倒を見て欲しい…
自分の果たせなかった夢を子どもに実現して欲しい…
そのような思いが多く込められたものであるならば、
子どもの魂が決めて生まれてきた「宿命の課題」や
子どもの魂の健やかな成長…
愛する子どもが、自律して自立していくことへの喜びからは程遠く、
子どもの思いを見て見ぬ振りした感情の押し売りとなって、
『無償の愛』とは反対側にある『自己愛』だということになります。
誰であっても、
自分とは違う魂の存在で、
自分とは異なる“宿命の課題”を持って生まれてきているのですから、
「見守る愛」「待つ愛」「折り合う愛」「尊重しあう愛」…
を持って接することが必要不可欠なのだと思います。
よく「あなたのためなのよ」という
自分の都合を押し付ける代表的な“魔の9文字呪文”を
口にされる方がいらっしゃいますが…;
ほんとうに“あなたのため”であるなら、きっと…
この言葉は涙を飲んで心の中で呟きながら、
“気を利かせて”先回りしてでも
“待つ”ことができているのかもしれません。
その場の感情で人を愛することもあるかもしれませんが、
自分に都合が悪くなったら
たちまち“冷める愛”であったり、
こんなにしてあげたのに…と、
“裏切られたと絶望する愛”では、
これまでの愛の全ての動機は自分のためであったという証拠で
「依存のカルマ」が返ってきたのだと受け入れるより他はありません。
本当の愛には、本当の愛が返ってきます。
利他愛には利他愛が、必ず…返ってくるのです。
