いつだったか、
「与国さんのブログで、
さぼり癖のある自分に活を入れてます。
脱無関心! ではでは」
な~んてメッセージがきたんで、
久しぶりに記事を書き、
その返事を書きますかね。
「さぼり癖」のある人、
つまりは、
怠け易い人。
まぁいますよね。
それはね、
おいら、一つの原因があると思う。
それは、
「焦り」が足りないのかもしれませんね。
私も、たまには怠けますよ。
でも、「焦り」が、
自分を奮い立たせて、努力させてしまうんですよ。
ですから、焦って下さい。
己の人生に。
己の幸福に。
己の未来に対してさ。
そのままの自分で、
サボり続ける自分で、
本当の本当に、
未来の人生が幸福になれるか、
幸福でい続けられるか、
それを、
真剣に、真剣に、
事細かに、吟味して考えた時、
焦りの気持ちが出てきませんか?
サボり続けて、
悔い無き幸せな人生を生きられますか?
おいらなんてね
こう見えても、
ずっと、ずっと焦ってますよ。
たがらサボってられねないんですよ。
そうだな、あれは二十歳の頃、
「少年老い易く学成り難し」
なんて言葉を、
しょっちゅう、周りの友達に言い続けてたもの。
人間なんて、すぐに老いちまうから、
学は立てていくのは、困難なことだって、
いつも、周囲にもらしてたわけですよ。
当時は、悪の道をひたすら走る不良ですから、
ずいぶんと変わった不良ですね。
しかも、周りには慶応行ってる友なんかもいて、
そうした友にも、
「少年老い易く~」って口にしてんだから、
本当に変わった奴ですよ。
まぁとにかく、
焦ると、サボり癖なんて消えちまいますよ。
焦りが足らないのならば、
それは、
自分の未来について、自分の人生について、自分の幸福について、
楽観的に考えているか、
それとも、
人生の厳しさをあまり知らないか、
あるいは、
とても恵まれた環境に生まれて、
ハングリー精神が無いのかもしれませんね。
どれですか?
ならば、
自分を追い込んでいくのも、
一つの手段ですよ。
親の援助をバッサリ切るとか、
一人で、社会勉強をしに、
見知らぬ土地に旅立ってみるとかさ。
まぁ、とにかく「焦」って下さいな。
しかしね、
私みたいに、
焦ってばっかの奴ってぇのも、
ろくなもんじゃありませんよ。
そういう奴は大体、
忍耐力が乏しいんですよ。
苦難に耐え忍ぶ力が無いから、
いつも、いつも、
その苦難の環境から逃げ出そうとしていて、
焦っている、
な~んてことも、実はあるわけなんですよ。
まぁ、
わたしごときに、
アセリ癖があるあどうか、
それは知りませんがね、
一つ言えることとして、
サボり癖のある、努力をあまりしない人も、
アセリ癖のある、努力に努力を惜しまない人も、
紙一重ですね。
バカと天才が紙一重のように。
ですから、
アドバイスとして言えることは、
適度にアセリを持つことが、
大切だと思いますよ、
そしてもしも、
アセリが出て来ないのならば、
自分の人生、幸福、未来について、
事細かに真剣に考えてくださいな、
自分を追い込んでみてくださいな、
ということですかね。
まぁ私は、今は出家を果たし、
仏に仕える身ですが、
私が学んで知っていることなんて、
すべてのすべてが、仏からの受け売りですけどね。
そしてね、
床屋は、髪を切るのが上手ければ、
それで良くて、小粋なジョークを挟めなくてもいいわけですよ。
寿司屋も、トビキリ上等な腕で、寿司が握れればいいんですよ。
歌手も、歌が上手ければそれでいい。
それが、「本道」ってもんです。
じゃあ、おいらみたいな、宗教家は、
何ができればいいかっていうと、
そりゃあ、説法ができればいいんですよ。
おそらく、AKグループの社長よりは、
ましな説法が出来るんじゃあ、ないでしょうか。
「サボり癖とアセリ癖の話」
少しは参考になったでしょうか?
このレベルくらいの話ならば、
365日、毎日でも出来ますよ。
説法の、「せ」の字でもありゃしません。
それが本当の宗教家であり、
心の医者ってもんです。
ち~ん。