昨日は、朝からダラダラしてた。
と、言いつつも、
やっぱりじっとしていられず、軽いランニングはしたが。
そして夜になると近所の祭りに出かけた。
高円寺の阿波踊り。
浅草のサンバも、阿佐ヶ谷の七夕もそうだけど、
なんで高円寺で阿波踊りなんだろう?
まぁいいか。
友達が写真集を出版したらしく、
オイラも一枚写っているので、一冊もらった。
ありがと。
それでその友達に、
元鉄アレイってバンドのKATUTAさんという人を紹介して頂いた。
音楽には詳しくないが、
相当有名な伝説のバンドの方らしい。
刺青だらけだったが、外見とは異なり、
何とも優しい日本男児だった。
阿波踊り、まぁ起源には幾つかの説があるらしいが、
「阿波(徳島)で盆踊りと能楽が重なり、
そして庶民のものになった」
と考えるのが、どうやら一般的らしい。
間違っていたらゴメンナサイ。
神社の神輿(みこし)や山車(だし)は、
八百万の神々に対する信仰を基に、
五穀豊穣を願うと共に、
神々の御光を、
町中、あるいは村中にばら撒くことに目的がある。
まぁ今の神輿なんざぁ、ほとんどが、ただの運動会だけど。
騎馬戦や棒倒しと一緒だ。
汗流して、「ワーワー」騒いでるだけで、
信仰心なんてほとんどない人の集まりで、
古事記、日本書紀、万葉集を読んでない者ばかりだ。
今の日本の神輿は、
信仰心が無くとも、神道について何も知らなくとも、
肩に重いものを乗せて、騒いだら、それでいいわけだ。
神輿をやるなら神話を学び、万葉集を読むべし。
そして盆踊りが基になっている阿波踊り。
これも実は仏教から来ている。
昔さ、釈迦の十大弟子に目連という人がいて、
その人が、修行が進んで、神通力が備わったんだ。
まぁ今で言うなら、霊能力者になったってことかな。
それで、自分の亡くなった母親が、
死後、どんな世界に還ってるのかな?って探ってみると、
まんまと餓鬼地獄に落っこちていた。
どうやらその母親は、目連には優しい母親であっても、
他人には、とても冷たかったそうだ。
たとえば、瓶の中にたんまりと水があっても、
「これは子供にあげるものだから」と、
他人にはまったく施しをしない、
そんなケチなタイプの人間だったらしい。
まぁ、いつの時代にも、どこの国にも、
自分の子どもには過剰に優しくするクセに、
他人には全く愛を投げかけないタイプの人間はいるもんだ。
そういう人は心が悲しいために、
必ずや孤独な人生が待っているもんだがね。
目連は、自分の母親が地獄に落ちてることを悲しんで、
地獄におもむき、
母親に食料や水を差し出すのだけれども、
母親に目連の姿は見えず、
食料や水はボッと燃え上がってしまう。
どうしようと悩んだ目連は、
釈迦に相談するのだが、
釈尊(お釈迦様の尊称)は、
「いや、因果の理法に従って地獄に落ちているのだから、
お前の母親だからって、どうにも出来ないのだよ」
と、言われたそうだ。
そこで釈尊は、解決策として、一つの方法を目連に教えたそうだ。
それは生前、母親が残した財産を売り払い、
それを食料に変えて、人々に施す、ということだった。
地獄に落っこちた母親は、
自分の子どもが、
地上で愛のある奉仕を行っている姿を目の当たりにして、
自分の人生に対して、深い反省を行うと、
やがて歓喜の踊りを踊りながら天国へと昇っていったという。
これが盆に、人々に食事を振舞う起源となり、
この地獄から天国へ還る最中に踊った歓喜の舞、
これが盆踊りの起源となり、
そしてこの盆踊りが、
阿波(徳島)で能楽とくっついて、
一般大衆の間で広まったことで、
阿波踊りなったそうだ。
だからオイラは母親と盆踊りに行くと、
「あれ?まだ死んでねぇのに何してんだ?」とつぶやく。
まぁ今じゃあ、阿波踊りも、盆踊りも、
神輿と同様に、信仰心の無い、ただの娯楽になっているけどね。
さ~て今日は妻と二人、この↓でもやるとするかな。
「円中へ!」な~んてさ。