リメンバーパールハーバー 其の一 | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

わたくし与国秀行は、

これまでも無茶してきたし、

そしてこれからも無茶していくが、

日本に生きているのであるならば、

どうかこの言葉だけは知っておいて欲しい。


それは、

「リメンバーパールハーバー」

という言葉。


この言葉の誤解を解くために、

そして仲間たちの汚名を拭うために、

俺は戦い続ける。


1853年、黒船に乗ってペリーはやってきた。


それ以来、日本は弱肉強食の世界に巻き込まれ始めた。


さかのぼること、今から千年以上昔、
そう八世紀から十世紀という三百年に渡って、
ヨーロッパではバイキング、

つまり海賊が暴れまわっていた。


日本では「バイキング」というと、
「食べ放題」という穏やかなイメージであったり、
「海賊」といっても、
子供向けのアニメまで作られているが、
しかし当時の実際のバイキングは、
国や町や村を侵略し、
金目の物を略奪し、
火を放って放火を行い、
殺戮の限りを尽くし、
人々を捕らえては奴隷として売り、
より珍しい宝物を求めて遠くへと遠征し、
ヨーロッパ中を恐怖に陥れていた。


しかもこのバイキングは、
やがて国家規模へとなっていった。


つまり自分たちはあまり働かずに、

他国の富を奪うことで、
自分の国が成立している時代さえ、
ヨーロッパにはあったわけであり、
実はこうした暗黒の歴史を、
イギリスやフランスを始めとするヨーロッパ諸国は持っている。


1492年、コロンブスは、

インドに行こうとして、
アメリカ大陸を偶然発見した。


そして
「キリスト教の理想の国を造ろう」
という願いと共に、
現地に住んでいたネイティブ・アメリカンを追いやり、
抵抗する者は虐殺して、
ヨーロッパから大勢の人々がアメリカに移り住んだ。


これは当然ながら、南アメリカも同様である。


アメリカ大陸は、
北にはカナダやアメリカといった国があり、
南にはブラジルやアルゼンチンやペルーといった国があるが、
これらの国は決して、
遥か遠い昔から存在していたわけではない。


アメリカ大陸は北も南も、
かつては「インディオ」と呼ばれる
先住民たちのものであったが、
しかし北アメリカにはイギリスから、
南アメリカにはスペインやポルトガルなどから、
多くの人々が移り住むことで、
アメリカ合衆国や

ブラジルやアルゼンチンといった国が誕生したのだ。


だからこそ、
かつての植民地時代の名残で、
ブラジルやアルゼンチンの公用語は、
今でもポルトガル語やスペイン語なわけだ。


これらの国の建国にあたって、
少なく見積もって三千万人、
多く見積もって一億人の先住民たちが、
「アメリカ大陸に生きていた」、
「キリスト教徒ではない」
「肌の色が白くない」
などという理由によって、殺されてしまった。


そして彼らは黒人を無理矢理、
アフリカから連れてきて、
奴隷として農場で働かせる一方で、
自分たちは遊んで暮らした。


かつての白人たちは、

黒人を銃やで脅して、
船の中に強引に押し込んでアフリカから運ぶわけだが、
黒人はギュウギュウ詰めにされて、
トイレも行けないな環境の中で運ばれた。


だから、当然のことながら、長い航海の中で、
死んでしまう黒人もたくさんいた。


病気になった黒人は、
容赦なく海に投げ捨てられた。


もちろん黒人が何人死のうとも、
当時の白人たちにはあまり関係がない。


なぜならかつての白人たちにとって、
黒人は家畜であり、
そして商品であったからだ。


市場に行けば我々と同じ人間が、
牛や豚と共に並べられて、
「安いよ!安いよ!」と売られている暗黒の時代、
それが「大航海時代」だ。


年若い少女が、

裸にされて売られていることさえ、

現実にあった。


焼印を押されて売られた黒人たちの運命は、
全て持ち主が決めたのだ。


それまで船は、人間が漕ぐか、
あるいは帆で風を受けなければ進めなかったが、
石炭を燃やして水を沸騰させて、
その圧力によって船を進ませる技術を開発した。


つまり蒸気船の誕生だ。


すると白人たちは、
他人を奴隷支配するだけでは飽き足りず、
自分たちより力の弱い人々の国を、
そっくりそのまま頂くことを発明した。


つまり人類は、
「こいつらを奴隷にして働かせれば、
 俺たちは遊んで暮らせる」
という考えのもとに、
科学的な武器を持たない、
肌の黒い人間を奴隷にしてきたわけだが、
航海技術を発達させたことで、
「国をまるごと俺たちのものにした方が、利益になる」
と考え出しはじめたわけだ。


つまり航海技術が進歩することで、
大航海時代から帝国主義の時代へと移り変わり、
そして日本にペリーはやってきたわけだ。


しかもリンカーン大統領によって、
黒人が奴隷から開放されたのは、
1862年だから、
ペリーが日本にやって来た当時のアメリカは、
まだ我々と同じ人間が、
「肌が黒い」という理由でだけで奴隷にされていた。


帝国主義とは、
一つの国が他の国々を植民地にしたり、
支配下に置くことで、
他国の利益を奪い取って、
自国の利益を上げる思想や政策のことだ。


だから帝国主義の時代とは、
自国の利益を少しでも上げるために、
領土を拡大していく戦国乱世であったわけだ。


つまり日本は、
黒舟がやって来ることで、
地球規模の戦国乱世へと

巻き込まれていったわけである。


たとえばイギリスは、
中国から茶や絹、陶器などを買っていたが、
自分たちは中国に売りつけるものが何も無かったので、
インドで生産したアヘンを売りつけた。


しかしアヘンが流れ込んだことで、
中国には麻薬中毒者が激増したので、
中国政府は民衆からアヘンを押収して処分した。


するとこれに怒ったイギリスは、
アヘン戦争を開始して、香港を奪い取った。


当時のイギリスのとある政治家も、
「これほど原因が不正義である戦争は聞いたことがない」
と述べたほどだが、
何も売るものが無いのでアヘンを売りつけて、
中毒患者を激増させて、
アヘンが処分されると逆ギレで戦争を開始して、
そして領土を奪い取る、
こうした無茶苦茶なことが、
僅か百年前に行われていた。


もちろんアメリカも負けてはいない。


アメリカは世界の権力を握るために、
世界一流の海軍を作り上げ、
その責任者となったセオドア・ルーズベルトはこう言った。


「我々はどんな戦争であれ、
 大抵は大歓迎だ。
 この国には戦争が必要だと考えている」


そしてアメリカは、
スペインの植民地であったキューバやフィリピンを、
スペインから奪い取った。


当然のことながらフィリピンの人々は、
自分たちの利益と自由を守るために、
スペインと戦った時のように、
アメリカにも戦いを挑んだ。

しかしアメリカ兵には、
「焼き尽くし、殺し尽くせ」
という命令が下り、
六十万人ものフィリピン人が死んだ。


当時の白人たちは、
自分たちがアジアやアフリカを植民地にして、
そして利益を略奪していくことを、
少しでも正当なものにするために、
実に手の込んだ人種差別論を繰り広げて、
理由を作り上げた。


そしてそれはアメリカの首都・ワシントンで、
熱狂的に受け入れられたのである。


アルバート・ビベリッジ上院議院は言う。

「我々は世界を支配すべき人種なのだ。
 だから世界の文化文明を担うべく、
 神に託された人種としての使命がある。
 我々はその使命を放棄しない。
 神は我々を選んだのだ。
 我々は野蛮でもうろくした人々(アジアやアフリカの人々)を治めるために
、政治の達人として創られたのである」


 当時は、チャールズ・ダーウィンによって、
「種の起原」という書物が出版されて、
進化論が唱えられたこともあって、
「白人こそ最も進化した、最も優れた人種である」
ということが、
信じられ始めた時期でもあった。


そのために、より白人たちを傲慢にしてしまった。


これが帝国主義の時代であり、
この頃のアメリカは、
「白人優越思想」と「マニフェスト・ディスティニー」
という二つの病にかかっていたと言っても過言ではない。


そのために当時のアメリカは、
「黒人はゴリラの仲間であり、
 黄色人種はサルの仲間であり、
 白人こそ最も優れた人種であり、
 そしてアメリカが領土を拡大することは、
 神から与えられた明白な運命である」
と、真剣に考えていた。


だからまるでライオンがウサギを狩るように、
彼らはアフリカからは黒人を連れ去り、
アジアの国々を次々に植民地支配していった。


フィリピン、グアム、ハワイはアメリカの植民地にされ、
インド、パキスタン、バングラデシュ、マレーシア、ミャンマー、スリランカはイギリスの植民地にされ、
インドネシア、パラオ、ベトナム、ラオス、カンボジアはフランスの植民地にされた。


つまりアジアでは、
かろうじてタイとネパールだけが、
白人たちからの植民地化を逃れ、
アフリカではエチオピアを抜いて全ての国が、
白人たちによって植民地にされてしまったわけだ。


ちなみに現在も続くアフリカやアジアの貧困は、
欧米諸国が、

アフリカやアジアの歴史や文化や人々の生活を無視して、
奴隷支配や植民地支配を行い、
破壊と殺戮の限りと尽くしたマイナスの遺産だ。


日本人を始めとする世界中の多くの人々が、
勘違いしていることだが、
アジアやアフリカの人々は、
決して元から貧困に悩まされていたわけではない。


進んだ科学技術を持たない後進国だから、
アジアやアフリカに生きる彼らは、
貧困に苦しんでいるわけでもない。


日本が飛鳥時代、奈良時代と、
たとえ科学技術が無くとも、
現在のアジアやアフリカの方々ほど、

貧困に悩まされていなかったように、
科学と貧困は決してイコールで結ばれる関係ではなく、
科学が無いからといって、

必ず貧困に悩まされるとは限らない。


白人たちがアフリカやアジアを、
奴隷支配、植民地支配して、
生活や文化を破壊し、
そして富こそ最高だとする資本主義を持ち込んだことによって、
アフリカやアジアでは、
貧富の差が極端に開かれてしまい、
人々は働く仕事が無く、
たとえ仕事を見つけたとしても、
働いても働いても、
一向に暮らしが楽にならない、
そんな貧しい時代が続いているわけだ。


そしてそれが、

「人口爆発」というさらなる問題を、
人類に突きつけている。


ちなみにもう一つ言っておくが、
地球人類が、今、
最も危険な問題としているいのは、
実は「人口爆発」である。


オセアニアの人々など、

もっと悲惨であったかもしれない。


白人たちは、

オーストラリアを植民地支配した際、
数十万人の先住民・アボリジニを大虐殺し、
タスマニア島に住んでいたアボリジニにいたっては、
まるで動物でもハンティングするかのように馬で追い回し、
面白半分で殺したために、
約四千人ほどいたタスマニア島のアボリジニが、
全滅してしまったという事実さえ歴史にはある。


帝国主義の時代、
かつての欧米諸国は、
自分たちより力の弱い国なら、
どこでも植民地支配したわけだが、
しかしアジアは遠いので、
アメリカはまず燃料や食糧の補給場所として、
ハワイに目をつけた。


今では芸能人やスポーツ選手が、
正月になるとハワイに出かけて、
連休や夏休みでも、
ハワイに出かける日本人は大勢いるが、
しかしこのハワイは、
元々はアメリカの一つの州ではなく、

一つの独立国家であった。


しかもかつてのハワイの王様は、
アメリカの州になることを望んだわけではなく、
実は日本と親しくなることを望んでいた。


当時、白人たちが、

ハワイに持ち込んだ病気は、
ハワイの人々には免疫力が無かったために、
急激にハワイ人の人口が減少してしまった。


しかもハワイにやってきた白人たちは、
農園などを開いて、
富を得ていたために、
ハワイの政治にまで口を挟み始めていた。


当時のハワイのカラカウア王は、
ハワイ人の人口減少と、
白人たちが政治に口を挟み始めたことを受けて、
「このままではハワイは滅亡してしまう」
と、そう危機感を抱いた。


そして彼は、赤坂離宮を訪れて、
明治天皇と会談して、
なんとも驚くべきことを提案した。


それは

ハワイの次期王位継承者の王女と皇室との縁談であり、
日本とハワイの連邦の結成であり、
日本主導の「アジア連邦」の実現であった。


しかし明治維新を果たしたばかりの当時の日本に、
それだけの力があるはずもなく、
当時の日本政府は、
カラカウア王の提案を、丁重に断った。


そしてカラカウア王の来日から、
僅か十二年後、
「ハワイ王国」は、この地上から姿を消し、
「ハワイ共和国」が誕生した。


しかしこの共和国は、
実際は「アメリカ併合」を目的とした

白人たちによる独裁国家であり、
結局、1989年にハワイはアメリカに併合されてしまう。


そして1959年、
ハワイはアメリカの50番目の「州」となった。


かつてのハワイアンたちは、
アメリカに飲み込まれていく自分の祖国を偲んで、
その悲しい想いを、
フラダンスの曲に乗せて唄っていたそうだ。


アメリカはハワイを燃料と食料の補給場所にした後、
ペリーは日本にやって来て、
日本人に白旗を渡して、こう言ったそうだ。

「日本が鎖国を続けるのならば、
 我々はいつでも大砲を打ち込んで戦争を開始する。
 戦争を開始すれば、

 必ず我々の国が勝つから日本は防戦すれば良い。
 しかし戦う気が無いならば白旗をあげよ」と。


このようにペリーは、
「白旗の意味」を親切に教えた上で、
日本を侵略しにやって来たわけだ。


結局、当時の江戸幕府は、
ペリーの脅しに逆らうことができなかった。


そして関税の割合を決めることもできず、
外国人が日本で犯罪を起こしても、
その罪を裁くこともできない、
そんな不平等な条約を、
日本は欧米列強と結ばされることになってしまう。


そのまま時代が進めば、
日本が他のアジアやアフリカの国々のように、
領地を奪われたり、
植民地になってしまうことなど、
もう目に見えていた。


だから今と同じように約150年前も、
実は日本消滅の危機があったのだ。


そこで明治維新の志士たちが立ち上がることで、
江戸幕府を倒し、
外国に侵略されることのない豊かな国造りが行われていった。