やるなルター! | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

別に暇な訳じゃあないんだが、
気合を入れて、
ブログを更新している。


今日、五件目。


さて、
書くことが無いと、
す~ぐに「愛」について語る俺だが、

実は、
「恋」についても語れる。


なんつったって、
自称、「恋愛のプロ」だからね。


ほいじゃあ、
ちょいとばかし、
その腕前を見せるかね。


「恋無き人生は死するに等しい」


マルチン・ルターという方はそう言った。


ルターが世に現れるまでのヨーロッパは、
聖職者は結婚することが許されてなかった。


しかし彼が宗教改革を行うことで、
聖職者も結婚することが許されるようになった。


こんな話がある。


あるところに山や谷を幾つも超えて、
学校に通っていた少年がいた。


その少年は、
「もっと学校が近ければ良かったのに」
いつもその様に想って学校に通っていた。


しかしある時、
彼のクラスに可愛らしい女の子が転校してきた。


少年は、その女の子にすぐ恋をした。


しかもその女の子は、
少年のすぐ近所に住んでいたので、
二人は一緒に学校に通うことになった。


少年はいつしかこう想う様になった。

「もっと学校が遠ければ良かったのに」


恋というものには、
人の苦しみを半減させ、
人の喜びを倍増させる、
そんな神秘の力がある。


人生という旅路は、
決して平坦な道ばかりではない。


急な上り坂もあれば、
下り坂もあり、
人生には必ず四苦八苦が訪れる。


だからそうした
「苦しみが訪れる人生」
ということだけを見つめて、
「人生なんてくだらない。
 もっと早く終われば良いのに」
そう考えて、
「孤独」に生きている人も、
もしかしたら、

現代の様な心の貧しい世の中にはいるのかもしれない。


あるいは、
「結婚なんてしたくないから、
 楽しむだけ楽しんだら、
 若いうちに、キレイなまま死にたい」
な~んてことを、
考えている人さえ、
もしかしたらいるかもしれない。


しかしたとえそうした喜びばかりではなく、
苦しみさえも必ず訪れる厳しい人生であろうとも、
俺たちは誰かに恋をしたり、
誰かを愛したり、
誰かから愛されたりして、
絆を結ぶことで、
人生の苦しみを少し柔げて、
そして喜びを得ていくことさえも実はできる。


そして
「人生は素晴らしい。
 もっと色々な経験をしたい」
と、
そう考えて生きていくことさえできる。


恋というものには、
苦しみを和らげ、
喜びを大きくする力がある。


だからこそ、
マルチン・ルターは、
「恋無き人生は死するに等しい」
と述べて、
そして宗教改革を行って、
聖職者でも、
結婚をできるようにしたのではないか?


やるなルター!


人生短し、恋せよ乙女&野郎ども。