今日の広島は秋の快晴晴れ富士山

 あんまり気持ちいいので、午前中に太陽の下、近所をゆっくり散歩走る人

 

 太陽のパワーはやっぱり凄くて、連日の雨で日照時間が減り、エネルギーが低下気味だった体も元気を充電ヒマワリ

 

 紫外線の浴び過ぎにも注意が必要だけど、生命って絶対的にやはり太陽なくして生きれないと、当たり前のことだけど頷いてる自分が。


 道を歩いてるとバッタが結構いて、僕が近くを通ると一生懸命避難場所へ飛んでゆく。

 だけど、バッタは飛ぶのは苦手みたい。

 

 歩道の脇のガードのパイプにしょっちゅう激突ドンッ

 大きなバッタが迫力のダイブロケット


 不器用な飛行の上、あんまり必死に逃げるから、微妙に労りの気持ちが芽生えはじめてきて、バッタも大変そうだなと観察サーチ

 一番不敏さへと誘う飛行は、まっ平らな座り心地の良さそうなアスファルトから、絶対に狙って向かったとは思えない、避難先の溝の中へ突っ込んでいくパターン叫び



 何か痛々しい叫び叫び叫び

 だけど、あんまり器用に目的地へ飛ぶバッタも想像してみると変かも。


 繁殖の盛んさから、飛行能力は不器用くらいで良しと生物進化を留めたのでしょうかはてなマーク

 バッタって顔が結構怖くて汗、あの顔で凄い正確かつ長距離飛行して、しかも集団で飛ばれると、その姿は少し憂鬱かも叫び

 バッタの観察報告終わり。



幸福という名の愛


 それで家に戻って、3.11以降頭の片隅にずっとある、東日本の瓦礫を全国へ運び処理しようという政府の方針について考えていました。


 全国の各都道府県への政府からの通達の書類には、瓦礫受け入れについて用意された選択肢は三つだそうですね。


 そして、瓦礫受け入れ拒否という選択はないとのこと。

 相手は闘えない放射能だから、どうしたものかと考えてしまう。


 世の中的には、あまり放射能って騒いでると嫌悪される感じだし、益々どうしたものかと。


 政府は均一的に国民を被ばくさせることで、今後の賠償問題の際、このエリアだから放射能の影響である可能性が高いという風に、確かなデータに基づいて裁判へ持ち込まれることを事前に回避ってことだと個人的にそう思ってる。


 僕は、広島生まれの広島育ちだし、放射能にはやっぱり敏感。

 

 小学生の頃は、毎年八月六日は平和学習として登校して、体育館で全校集会が開かれ、皆で映画を観たり、教室で話し合いや映画の感想文を書いたりと、核への教育は活発でした。

 だから、今後の被ばくや汚染拡大がとても気になります。



 そして、国民の無関心さの中で、国に都合良く政策が進められていくことが一番気掛かりなこと。

 

 個人の生き方なら、他人が口を挟むべきことではないけれど、今回は、後々の大和民族全体にまで明らかに悪影響を与え、皆の運命を滅茶苦茶にして狂わせてしまう問題なので、無力だとしても、どうしても口を閉ざしてじっとしていられない気持ちになります。

 本当に楽しくない話題だけど、今ちゃんと見つめなきゃって思うんです。


 皆、自分の人生の中で守りたいものも違うから、きっとうるさいだけに聞こえる人もいると思う。


 

 だけど、一つだけ言えることがあるとするならば、誰にも他人の健康や命、また未来の子供達の生きていく、この国の大地を汚す権利などないのだということ。

 

 経済的なことを理由に、政府や企業は巧みなマインドコントロールを国民に仕掛け、その権利の意味をすり替え、この世で一番尊い筈の命を守ろうとする行為を否定し、彼らの本当の目的の意味を眩ませようとしますが、絶対に引っ掛かってはならないと僕は思います。

 

 それで、そんなことを考えながら、ふと思った少年の頃の光景が。


 それは、どんな光景かというと、僕は少年野球をやっていたのですが、練習場になっていた小学校の校門の目の前に空き地があって、そこに近所の駄菓子屋で練習前に買って食べた菓子のゴミを、野球少年達の多くは皆平気で捨ててたんです。

 

 僕もはじめはそんなに気にしていないようなガキだったんだけど、いつしか段々変ってきて、自然とそういうのは嫌だなと感じ、それ以後ゴミを平気で捨てることはなくなりました。


 僕の家庭は、そういう道徳的教育はどっちかというとそっちのけで、僕は当時聴きはじめた音楽に道徳を学んでいきました。

 

 大人はよく、音楽ばかり聴いてないでという台詞を口にして、人生について子供達に説教をしていたような時代の話ですが、僕にとっては音楽はとても優しくて温かく、そして何よりもだんとつに美しかったですね。

 だから、今の日本社会に於いては、美への感性を取り戻すことが一番大切なことに思えます。



 きっとそうすれば、小さな命を大切に思えたり、また自分の命も大切に出来るんじゃないかと。

 競争社会の中で皆、心がぐちゃぐちゃに荒れ果て尖っているから、結局満たされない欲求は行き場をなくし、金や物に異様に執着しはじめるというのが、僕の考えです。


 

 そして、精神的なものに頑なに価値を持たせたがらなくなるのだと思う。

 それは、物質信仰とは真逆の正義として、悪(都合の悪い物)にすらなるから。

 体裁さえ繕えば何でもありの結果主義は、そういう流れで生まれるのだと思う。


 

 それを子供達の心に叩き込み、ひたすらに他人と競わせてきたのが戦後の学歴社会の教育でしょう。

 

 この考えが、人間の心をとことん破壊し腐らせ駄目にしてきたって思う。

 

 人間としての成熟の度合いや力が問われる社会ではなくなっていき、中身がなくとても表面的で適当であってもいいって風潮に染まっていったってことだと思う。


だから僕は、本当に温かい感動に一つでも多く出会えるような社会に変えていく働きかけを、いつまでも諦めずに続けていく勇気を持ちたいと思う。

 とても重たい話だけど、ここまで読んでくれてどうもありがとうございます。


 今日の僕は朝から作曲。

 昨日の続きで、散歩前に九曲。

 喉が痛いので、そろそろ休ませなきゃ。

 今日は瓦礫問題のことを随分頑張って書いてみた。



 NHKの深夜番組の生さだで、さだまさしさんも意見には個人差がありますってギャグにしてるけど、皆の意見が様々な価値観の上に存在していることを踏まえて、互いにちゃんと話を聞く姿勢を持って、優しく愛のある社会にしていきたいな。

 じゃあ、頑張ったのでもう寝ますぐぅぐぅ


 Bye Byeパーブーケ1




 今日も広島は雨雨

 こんな日は、やたらと眠いなぐぅぐぅ


 

 ああ。

 猫になりたいにゃー


幸福という名の愛


 そんな気分の、ねむねむSATURDAY



人間も動物なのだと身をもって感じる。



 猫好きの僕は、近頃あんな風に生きられたらと、猫に尊敬の念と憧れを抱き中。

 あすを案じることも、おごり高ぶることもなくて、自然で美し過ぎる。

 

 動物はとてもピュアで、色んなことに執着がないから、神様といつも通じているよう。

 だから、色んな欲で自ら苦しんでいる僕達人間のサポート役を、犬や猫といった動物達は神様から与えられてるんだろうなって、いつも思う。



 

 

 ねむねむの今日は、あまり気合いのいる作詞とかはパスして、ゆるーく楽しめるメロディー作りを音譜音譜


 

 アメブロを始めてから、今日まで書き溜めたブログを読み返し、記事の中で特に気になった部分を拾い、自分の言葉に眠る潜在意識を鼻歌で曲に変換作業。

 

 潜在意識にアクセスして、心の宇宙を大旅行する感じなのですが、こういう話は怪しい感じになっちゃうのかなはてなマーク 

 目に見えない世界の話だから。

 

 音楽って、得体のないものの実態を描くようなものだと思う。

 だから、伝わるととても嬉しいんですよね。


 

 今日は、とりあえず十三曲ストック完了。

 

 先月のラジオの公開録音以来、軽い鼻歌とはいえたくさん歌ったんだけど、喉の調子の方は相変わらずで潰れたまま。

 酷く痛めちゃったな。

 

 こっちはちょっとトホホな話ダウン

 

 アスリートが怪我をしてシーズンを棒に振るのって相当辛いだろうなって実感。


 

 昔は、大学ノートに書き殴った散文などから、曲のテーマになるモチーフを拾っていたのですが、今はブログが制作ノートにもなってくれて、誰かと何かをリアルタイムでシェア―しながら進められるところが、僕にとっては魅力だと思った。


 

 このブログを少しでも面白がって下さる方がいればの話なのですが。



 


 こんな風にブログ記事を作りながら思うのは、やっぱり今の僕の人生のテーマは、良い意味でゆるく生きるってこと。


幸福という名の愛


 

 十代二十代の頃は、魂を込めてひたすらに走ることばかりに夢中で、反対部分にあるゆるさが心身のバランスを取ってくれていることにちゃんと気付けてなくて、最近ようやく少し理解し始めた途中。


 

 

 僕自身、そして世界中の皆が、どうか幸福という名の愛に目覚め、輝いて生きていけますように。


 ではパー

















ペタを下さる方、どうもありがとうございます!!


OCTOBER RAIN

広島は雨雨

屋根を弾く雨音が時折強くなったり、また弱くなったり。


 

毎日暗いニュースばかり続くような日々だけど、この日常に何を見つけられるか、楽しんでやろうと思う今日この頃。


よく考えてみたら生まれてきてからずっと、この国の生ぬるい平和に埋もれるようにして暮らしてきて、今が一番エキサイティングだなって思ったりする。


不安とエキサイティングさが交互で、実に背中合わせ。

発想の転換で心に愛を持って強く暮らしていきたいですね晴れ



今日の夜は、ネットサーフィンをして遊んで過ごしました波

アメプロにも楽しく素敵な方がたくさんいますね。


一つ一つの心の不安や希望を、何とかあすの光へと繋げようとしている人の姿に勇気をもらったり、自分の中で何かと必死に闘っている人に大切なことを教えられたり。


毎日色々あるけど、心が温かくなるようなことを拾い集め、育んでいきたいなと思う。



そんな心のつぶやきをメモして、今日もおやすみなさいぐぅぐぅチューリップピンク



 安全地帯のライブも終わってしまい、部屋の机の傍に置いたチケットの半券が、ライブの思い出と共に眠ってる。

 

 別々の人生を歩む旅の途中で出会った、音楽という名の神。

 それは、僕に真実を伝え、魂を感動で熱く震わせた。


 

 優れた音楽は、きっと大いなる存在からの愛のメッセージ。

 秋の夜長に抱かれて、そんなことを考えてる。



 


 今日は、安全地帯ライブの祭の後の寂しさの中で、自分の創作に復帰。

 玉置浩二に強く影響を受けて育った僕は、昔はファンを語るのに抵抗のあった頃も。

 それは、音楽的に彼の模写のレベルの中で、オリジナルに辿り着けない葛藤を抱えていたから。

 

 今は、自分のメロディーラインを描ける自負が出てきて、良い意味で自分も成長したんだなって思えます。

 グレートアーティストに憧れて、その道に進んだ方は皆そうなのではと思うのですが、簡単に乗り越えられるハードルではないので、険しく長い孤独な道のりなんですよね。

 でも、本当に愛しているなら、どこまでだってやれる筈。

 音楽の世界なんて、最後は神様に選ばれた特別な人しか生き残れないような厳しい世界に違いないでしょう。

 好きなだけじゃ駄目な場合もあるだろうし。


 

 そして、良い音楽が売れるとも限らず、社会や時代ってそんなに単純じゃ決してないんですよね。

 それでも、僕は僕にしか作れない音楽を追求し、歌っていこうと思う秋の夜です。




幸福という名の愛


 今日の創作は、ICレコーダーに鼻歌で録り溜めておいたメロディーの一つにコード付をするか、散文を書くか迷った挙句、散文を。

 

 表現したいことを片っ端から作っていっても、形に残せるもののなんと少ないこと。

 欲張りな僕だから、のろまな創作の歩みにジレンマを感じることも多いですかたつむり



 


 ブログも毎日更新するには、ありふれた日常にネタ探しも時に大変。

 そんなに頑張ってすることでもないんですけどね。

 何だか、夕食の献立を考える主婦の気持ちが分かる気がメモ割り箸

 この材料とこの材料で、今日はこれでいいやっていう感じに似ていて、このネタとこのネタでって、時に超手抜きのブログ記事を考えてる自分が。


 

 そんな感じで、今日もお休みなさいぐぅぐぅ三日月











 今日は、忙しかった昨日とは一転。

 最近お気に入りのシーサイドホテルのレストランで友達とバイキングナイフとフォーク



 


ここは、魂の洗濯の時間を僕にくれます。

 ホテルの二階にあり、食事を摂りながら海が見渡せます波

 

 なんという贅沢船


 これこそ幸せラブラブ


 

 3.11以降、食品の放射能汚染を気にしてるんだけど、ここは地元の食材を使った自然食レストランなので安心。

幸福という名の愛


 そこで、昨夜の安全地帯のライブの余韻に浸りGood Timeベル


 

 昨年のライブは、玉置さんの喉の調子が良くなかったのですが、今年はバッチリグッド!

 特に良かったのは、曲間の繋ぎのセンスが際立って聴こえました。

 ショーとしての完成度がとても高かったように思います。


 

 今回のアルバムは、前回の作品に比べ、メッセージ色が強い分、大衆受けするものではなかったのかもしれない。

 それは、ライブの観客動員の低下に見て取れるかなと思った。

 本当は、今回のアルバムのようにロック色の強いものの方が社会に必要なんだと個人的には思うけど、生き方が違ってるってことなんだろうな。

 僕は、どんな安全地帯も全て大好きだな。



 

 それにしても、昨夜のライブは完成度が高かったです。

 言葉にならない感動を貰いましたドキドキドキドキドキドキ


 

 燃えつきるまでは、ライブで初めて聴けて嬉しかった。

 蒼いバラでは、熱唱にワンコーラスが終わった時、客席から拍手が生まれていました。

 前作収録のキタカゼとタイヨウも心地良かった。


 

 中盤辺りで、雨や無力の剣、ボードビリアン~哀しみの道化師~等、バラードは圧巻で、玉置さんの魂の叫びを聴いた気がしました。

 演出もマイケル・ジャクソンの影響が強いようで、それも良かった。


 

 MR.LONELYは、近年になく熱を帯びた感じで、最後のサビのフェイクで、どんどん今までに聴いていた曲とは違った世界に昇りつめていくよう。

 ふと、僕の席の周囲に目をやると、中年男性が一緒に口ずさんでいて、その姿が、歌がファンの皆さんの心の中に根付き、共に生きていることを印象付け、熱くなりました。


 

 好きさやじれったいといった昔のヒットナンバーも生き生きとしていて、新しく生命が吹き込まれているように感じました。

 

 ジャンクランドも迫力満点だったし、ライブ佳境で演奏された結界や清く正しく美しくも印象的。

 

 結界は今回のツアーの象徴的な一曲だったと思う。

 全力で走り、生きる姿が、親父バンドである安全地帯はいまだ青春真っ只中をリアルに疾走しているんだと感じさせた。

 懐かしむだけの復活劇を演じてるんじゃ絶対ないなって。

 

 清く正しく美しくは、今回のツアーの一番大切に受け取りたいメッセージだと思いました。

 歌の上手さも際立っていましたが、激しく祈り生きる崇高な人間の精神が到達した、生と死をも超越したような気高さと、神と向き合い対話を重ねる中で生まれるであろう無償の愛、とても純粋な優しさを感じ、深く深く感動を覚えました。


 

 そして、フィナーレはメンバー、サポートメンバー全てが楽器を置いて、玉置さんのギターの弾き語りで、ワインレッドの心や碧い瞳のエリスを聴かせてくれました。

 その他にも歌ってたように思うけど、忘れちゃいました。

 

 弾き語りは素朴な温かさがあるので、それもまた素敵でした音譜



 


 ライブ終演後の余談ですが、ホールから出てきたメンバーの乗ったタクシーを超間近で見ることも出来ました車

 玉置さんは、集まったファンの皆さんに挨拶をされて、黒いガラスの車で会場を後にされました車


 


 今回のライブレポートを簡単にだけど書いてみました。

 楽しんでもらえたら幸いですクラッカー



幸福という名の愛























広島での安全地帯ライブ、素晴らしいステージでした!!

一階の7割くらいまでしかお客さんが入っていなかったのは、まず一番の驚きだったのですが目


でも、本当にパワフルで繊細で、素敵なロックショーでした爆弾恋の矢音譜

少年時代に安全地帯を大好きになったんだけど、今夜のライブを観て、やはりその思いが変わることはないんだなって改めてそう思いました。


色々書きたいけど、時間が遅いからメモ程度に満月


 myspaceにうまくアップ出来ないよ汗汗

 ブログの下書きまで作ってやる気だったんだけどダウン

 今日は遅いからもう寝ようぐぅぐぅ



 明日は大好きな安全地帯のライブ!!

 わくわくして楽しみドキドキドキドキドキドキ


 清く正しく美しくってアルバムをリリースしてのツアーですが、どんなライブになるのか、期待が膨らんでます。

 安全地帯は、僕にとっては少年時代からのカリスマバンドなので、今から興奮気味アップ

 玉置浩二という天才ミュージシャンは、今度は一体僕に何を見せてくれるのか。

 そして、そのメッセージを受け取った僕達リスナーは、それぞれの生活の中でどう応え、ロックしていくのか。

 そこが、一番大切なことなんですよね。



 ではパー




 金木犀香る十月。

 花の香りって、嗅いだだけで優しい気持ちになれるから不思議ブーケ1



 

 花の香りって愛で出来てるのかって思った。

 そうじゃなきゃ、他に上手い説明も見つけられなくて。 

 勿論、科学的に成分を分析して答えを探すことは出来るけど、もっとなんていうか、本質的な答えがあると思う。

 

 やっぱり、心に素直さや優しさを発生させる花の香りの持つ波動って、愛なんだと思う。





 

 それにしても、香りってやつは不思議ブーケ2

 

 ミュージシャンのアルバムにも香りってあるし、懐かしいアルバムを聴くと、その当時に、ふとタイムトリップさせられる。

 きっと、記憶は薄れたとしても、細胞レベルで当時を体が再生させるのだろう。



 

 例えば、マイケル・ジャクソンのBADを聴くと、僕は中二の頃住んでいた部屋の香りや洋服、当時感じていた時代の風みたいなものを瞬時に思い出す。

 なんか、アルバムって末長く愛され続けている香水みたいに、いつまでも色褪せない輝きで満たしたいって思う。

 

 ミュージシャンは皆、そんな風なことを考えながら音楽を作っているのだろうな音譜音譜



 金木犀の香りのように、あの愛で出来ているような、素敵な波動を持つメロディーを、いつまでも生み出し続けていたい虹





幸福という名の愛






 花といえば、ちょうど昨日のこと。

 友達と話してる時に、僕がふと洩らした言葉から、思わぬ展開に。



 

 僕が、



視界に鼻が入って、気にするとちょっと邪魔だよね



 って話したんです。



 

 そうすると友達の方は、



 はっ!?全然何も見えないよ



 って話になった。



 

 えっビックリマークマジでビックリマーク



 

 これは、僕にとってはとても大きな発見でした目

 

 なんていうことだ。

 

 こんなにも当たり前だと思っていた僕の常識は、友達の平然とした一言にあっさり崩れ去ってしまったのです。



 


 人生は長い。

 そして、知らないことは多い。





 

 それで、暫く友達と二人で、その話で盛り上がったアップアップ



 

 僕は自分の鼻を指で押さえつけて、新たなる世界を垣間見てみることにしました。

 すると。

 子供の頃から視界に入るものとして存在していた鼻先は消え去り、物凄く見晴らしがいいじゃありませんか!!



 

 僕は驚きましたドンッ

 

 友達は、こんなに清々しいすっきりとした世界を見つめて、今日まで生きてきたのかと。

 

 例えて表現するならば、昔の車で、ハンドルが視界を邪魔していたのから、最近の広々とした邪魔のない車に乗り換えたみたいな感じ。



 

 友達は逆に、僕が鼻を指で引っ張ってあげると、初めて見る自分の鼻先に、相当受けていました。





 


 人間って、同じように目や鼻や口がついているのに、こんなに違うこともあるのだと、大いに笑い転げたエピソードですコーヒー音譜



 

 何か、綺麗な香りの話から随分流れた。




















































 僕の暮らす街でも、東日本の瓦礫受け入れの話が淡々と進んでいるよう。

 この間尾道であった原発問題の集会で知り合った方の話では、尾道市役所に行って、瓦礫受け入れの反対を申し立てたら、対応した女性はせせら笑うような態度だったとか。



 


 僕個人としては、東日本の放射能汚染の酷い地域は、素人目にも、どう考えても除染は不可能であり、その地域に高濃度汚染された瓦礫を留め、それ以外の地域で、今後の日本を支えていくしかないと思っている。


 

 原発問題については、本当に考え方も人それぞれで、社会的な場で意見する時、些細なことで争いすら起こってしまっている現状がある。

 意見の仕方にも気を付けたいけれど、生き方の根本を問われている問題だと思うので、僕は逃げないで、現実にまっすぐな眼差しを向けていたい。


 

 高濃度汚染地域はもう人が住むことの出来ない環境だと意見する時、必ずその言葉に傷つく人もいるだろうし、良かれと思った言動が上手く伝わるとも限らず、事態の終息に向けての取り組みも、残念ながら統一性の取れないままなのだろう。



 

 

 この間、いしだ壱成さんのブログに辿り着き、そこで彼が原発について取り組んできた話を読んだ。

 

 印象深かったのは、負は負の連鎖を生むだけなんだという彼の思いだった。


 彼は昔、ある抗議活動に参加して、その際身を持って感じたことだったようだ。

 

 僕は、その記事に解決の糸口を見た気がした。

 争いでも諦めでもない、もう一つの平和へ繋がる道について、一つの結論がそこにあった気がしたんです。


 確かに今現実に起こっていることは大変だと思う。

 だけど、様々な意見の対立にも、皆にとってより最善な道を探ることを諦めてしまわなければ、きっと光の未来へと繋がる可能性は消えてしまったりはしないと思う。

 だから、心に愛を持って自分の意見を伝えていきたいと思う。


 

 福島では、福島スタンダードを破る人を福島の人間ではないと揶揄する集団意識があるそうですね。

 ある特定の人間を集団で攻撃するのには、僕はきっとそこに人々の深い悲しみが眠っているに違いないという気がしてなりません。

 だから、攻撃を受けた人は、その悲しみを理解することから、自分の身に降りかかった現実の真実を掴み、争わなくていい、慈悲から生まれた平和的解決策を実践していかなければならないのだろうと、僕は思います。


 

 人は、悲しいから嘆き、そして怒るものだと思うから。

 だから、その怒りのエネルギーと真正面からぶつかり合って戦争を起こすのとは違ったやり方を、僕らは皆学ぼうとしているのではないでしょうか。



 きっと、誰も間違ってはいないのだと思います。

 それぞれが、それぞれの幸せを願っていることは間違いないですよね。

 ただ、その意識は隔たっている。




 怒っている自分を許すことが出来たら。

 悲しんでいる自分を見つめることが出来たら。

 苦しんでいる自分を発見することが出来たら。

 世界を憎み、そして酷く愛して止まない自分自身を、自分で肯定することが出来たなら。


 

 きっと、この世界は激変し、もっと高い幸せに辿り着ける筈。

 僕は、強くそう信じています。
















 今日、元アップル社の最高責任者であるスティーブ・ジョブズ氏が亡くなられたというニュースが報じられましたね。

 まずは、心からの哀悼を申し上げさせて頂きます。





 


 僕は、ジョブズ氏のことにそんなに詳しくなくて、iPhoneiPadを開発された方程度の認識しか持っていませんでした。

 今日、少しニュースを観たのですが、ジョブズ氏は多くの人々に愛されていた方だったようですね。

 

 iPhoneiPadは、今や僕達文明人には欠かすことの出来ないものになっているし、ジョブズ氏の生み出したものが、本当に人類にたくさんの幸せや光を残したことを、彼の死は、今日強く僕に印象付けました。



 ネットでジョブズ氏の記事を追っていると、彼は生前、ある言葉を反復していたそうで、それは、もし明日死ぬとしたら、今日をどんな風に生きたいかという言葉で(正確でなかったら御免なさい)、自らに問い掛け続けていたそうです。



 

 その記事を読んで、僕はなるほどなと思いました。



 

 僕達人間って、結構自分に対して、本当にやりたいことを行動に起こさなくていいように、たくさんの言い訳をして生きていると思うんです。

 それは、きっと色んなリスクが発生するので、それを回避して、やろうと思えば出来ることすら、あまり実現させていないのだと思います。



 僕も、そんな一人だし、随分回り道多き人生を歩んできたなって後悔することも多いですね。

 

 あの時、自分にもう少し勇気があったら、今の人生は一体どんな風だったのだろうって考えてみたり。

 きっと、誰だって多かれ少なかれ、そんな風に生きているのだと思いますが。



 

 もし明日死ぬとしたら、今日何をして過ごし、どんな一日にしたいのだろう。



 

 この言葉を僕も忘れずにいたいと思いました。



 


 天国へと旅立たれたスティーブ・ジョブズ氏。

 どうか安らかにお眠り下さい。





 


 今日僕は、掛かりつけの病院へ病院車


待合室にある院長先生へのお手紙ポストポスト

手紙を入れると声がして可愛いさくらんぼ


幸福という名の愛


 どこか体が悪い訳じゃなくて、数年前に本を必死に書いたことがあって、その時に無茶苦茶集中して働き過ぎてしまい、体調を酷く崩してしまったんです。

 どちらかというと、メンタルバランスの問題。

 その上、今は喉を潰しているので、大好きなライブ活動もお預け状態の日々。

 漢方を飲んで、心身のバランスに気を付けています。



 

 そういえば、中島美嘉さんも耳の病気で、ずっと家に閉じこもりの生活だったようですね。

 元気になられたみたいで良かったです。





幸福という名の愛

 僕の暮らす広島の田舎町では、コスモスが咲いて、稲も収穫期を迎え、秋の実りの季節が、暮らしに豊かさを歌っているようで素敵ですコスモス

 

 自然の生み出すハーモニーって、心の耳を澄ませば確かに聴こえるように感じられるし、生命のリズムを調和へと導く神の声のようでもあります。

 勝敗にこだわった、僕らの狂った日常のリズムに欠けた潤いを見つけ、文明に調和への呼び掛けのハーモニーが、僕の胸に新しく生まれ続けています。



 

 ふと、昔作った秋風のハーモニーって曲を、ここで紹介したくなったけど、良い音源がないので残念ダウン 





 


 今日も、たまたまここへやって来て、僕のブログを読んでくれた皆さん、ありがとうございますビックリマーク

 楽しく幸せな毎日をビックリマーク



幸福という名の愛