夢は終わった。

 そして、愛は生まれた。





 二〇一一年十月二十八日 金曜日



 僕は、その日の黄昏時を岡山で迎えていた。

 MY HOME TOWNから数十キロ離れた街。


 この街に安全地帯ライブを見に、友達と二人やってきていた。





 開場時間前に着き、暫く辺りで時間を潰す。


 もう、すっかり薄暗くなっている街に、ぼんやりと古びたホールが浮かび上がり、開場時間を待ち侘びるファンは列をなしている。



 僕は、列に並んで窮屈に時間を潰すのが嫌で、少し離れた場所から、じっと開演前の様子を見つめている。


 僕に付き合ってやってきてくれた友達も、ご機嫌の様子だ。


 そして、僕は静かに一人称の時空間にまぎれ込んでいく。



幸福という名の愛


 安全地帯に憧れて歩んだ、僕の人生。


 マヤ歴が終わるとされるこの日に、僕は自分の追い求める神の姿を必死に見定めようとしている。

 ミーハーな乗りでも何でもない。


 僕は、自分が次の一歩を未来に踏み出す為に、必然性を持ってこの場所に辿り着いた。



 音楽という名の神。

 それが、僕を今も生かす使命だった。




 少年時代に、人は出会うものに人生を大きく決定されるものだろう。

 例えば、この僕がそうだ。



 たかだか、JAPANESE ROCK STARと人は呼ぶかもしれない。

 でも、幼かったあの日、僕が出会ったあの憧れの彼方に存在していた筈の神は、今どこにいるのだろうか。


 その答えを安全地帯のライブに知りたかったんだと思う。



 間もなく開場時間は訪れ、そしてホール内へと僕らは一斉に流れ込んだ。



幸福という名の愛


 三千円以上お買い上げのお客へと手渡されていく、アーティストのサイン。

 僕は迷うことなく前から欲しかったCDを手に取り、ツアーグッツ売り場の女性販売員からサインをもらった。

 それから、ツアーパンフも買った。



 流れるように購入を手短に済ませ、ホール内へと進む。



 一階後方の席へと辿り着くと、僕の後ろの席は殆ど開いていた。

 客はそれなりに年齢層が高かった。

 中には小学生の姿も見える。



 ステージに並んだ機材を見つめ、開演までの時間に夢を見る。


 その時、僕の人生が走馬灯のように蘇り、音楽という名の神に僕は少し近づいた気がした。



 そして、あっと言う間に時間は過ぎ…





 安全地帯ライブは終わった。

 昨夜、あの音楽は僕に何を告げたのだろう。



 その答えを僕はあえてここに書かない。

 それは、僕が歌うあすに全て託してあるのだから。



 ただ一つ言うとするならば、彼らの音楽は、僕に僕の音楽を授けてくれたということ。

 それが、きっと全ての答えなのだと思う。
























寒くなってきましたね。


そろそろ冬ソナDVD出して観ようかなと思ったんだけど、SONGSにドリカムが出てたので、そっちを観てました。


高一くらいからずっと好きで、昔はファンクラブに入り、よくライブに行ってました。


久しぶりにテレビで観たけど、相変わらず素晴らしいボーカルキラキラ

吉田美和は敬愛するボーカリストの一人です。



話は戻りますが、冬ソナはいい意味で現実逃避になりますね。

社会が荒れてるから、ピュアな純愛物語が心にしみます。


本物の愛をただひたすらに求める姿は、ドラマとはいえ本当に美しいの一言。


まだ観てない方は是非ビックリマークプレゼント

お薦めです。


って男って普通あまり観ないんですかねはてなマーク


社会の荒波にもまれ、心に鎧を付け日々闘ってる男性だからこそ、繊細な物語を観るのってとても心のバランスを取るのにいいと、個人的には思います。



明けて今日は安全地帯の二度目のライブ参戦チケット


あまりに素晴らしい今年のライブ演劇

運良くチケットをゲット出来たので、もう一度楽しんでこようと思います。


じゃあ、おやすみぐぅぐぅ流れ星



広島は快晴晴れ


でも、何となく今日はせつな目の僕の心しょぼん



幸福という名の愛


街の木々の葉は枯れて、それを見るだけで寂しいしょぼん

嫌~ん、ネガティブは嫌~んと心の叫び叫び



でも、そう思う心は止まるものでもなく。

また、せつないしょぼん




きっと、思ってることは人間みな同じようなものだと思うんだけど。

ただ、物事の受け取り方、受け流し方の違いっていうか、そこが違ってる。



僕は、昔はものっ凄く否定的な現実の受け止め方してた。

良いように言うと、物事を繊細に深く考え過ぎる性格。(自分で持ち上げるなって声があせる)



聞いた話だけど、世の中単純な性格で軽い人の方が成功し易いのだとか。


確かに。


あんまり深く本質的なこと考えてたら、足が止まることの多い社会。



うん。

そう思う。



でも、やっぱり性格とかって全て使い方次第なんだろうな。


自分が持ってるものって一生変わりようがないから、実のある成果を出すのに、色んな性質をどう使うかだと思う。


そうしたら、どんな性質もプラスとマイナスのバランスが取れて、良いも悪いもなくなっちゃう筈。


欠点が魅力になり、そして、才能がある分野も使い方を間違ったら、自惚れに足を引っ張られる。




僕の人生は、今季節でいうと何だろうはてなマーク



売れない演歌歌手みたいな感じで、ここまできちゃった演劇

長い冬に春を待ち侘びてみたいな感じ桜



だいぶ前に、そんな話をいつも通ってるライブハウス“HIDEAWAY”のマスターに話したら、ニヤって笑われて甘いな的なこと言われた。



マスターは、僕より二十歳年上で、彼もずっと地方でアマチュアミュージシャンやってきてるから、年季の入った一言に、自分の若さを知った気が汗汗汗



すみませんあせる勉強しますあせる頑張ります!!


そんな感じ足あと足あと


















幸福という名の愛



ドキドキ


甘くてとっても美味しいラブラブ



僕の田舎ではあちこちに柿が実をつけてる。

スーパーで買わなくても、毎日柿が食べれる。


木の枝にいつしか綺麗なオレンジの柿の実がなり、秋の風景を彩ってるもみじ

自然ってよく考えたら不思議キラキラ


枝に実がなるって凄いビックリマーク


100%天然スイパラオレンジぶどうリンゴさくらんぼバナナ


甘いもの好きな僕には幸せな秋の実り。



今日は少し寒くて、夜毛布にくるまりゴロゴロにゃー


な~んにもせず過ごした砂時計

何もしなくていいっていうのも、よく考えたら贅沢かもワイン




毎日、一人で地味―に曲を作ってるモグラ



ライブは派手で楽しいけど、曲を生むのはいつも、小さな部屋で情熱を燃やしたり、感傷的になったりしながらの一人旅。



今日も頑張ったビックリマーク


詞がツ―コーラスまで完成。

もうちょっと、詰めの部分を残すのみ。





いやー、作詞ってのも本当に難しい。


感性だけで、ただまっすぐに書いていられた青春時代とは、自分の心の中で明らかに何かが違ってるなー。

かといって、やたら理屈っぽい詞は嫌だから、書きたくないし。



ずっと何曲も詞を書いてると、人間って言いたいことは、いつも大体同じなんだってことに気付く。

そうじゃない人もいるかもだけど、多くの人はそうなんじゃないかな。



少しずつ少しずつ進化してるのか、退化してるのか、変化してる訳で足あと足あと



自分の書いた言葉に、しらける瞬間はやっぱり辛いなダウン

そういうことはとっても多い。




いつも時代にアンテナを立てて、大衆の意識を読み、ヒット曲を、ある法則性の中で生み出すプロの技は凄いなって思う。


だけど、僕の場合は詞の性質が違ってるかなーはてなマーク



結局、技術ってものは、経験に基づいて生まれたものだし、詞もたくさん書いていると、ツボにはまる行き方があって、それがそのノウハウなんだろうな。



最終的には才能ってことになっちゃうのかもだけど、何事も努力の上に咲いた花。

好きこそものの上手なれだな。



プロとアマの差は、やっぱりでかいってことも意識する。

作詞については特に。



詞のセンスってのは、基本的に持ってなきゃ努力も実らないような気がする。

その上での、感性というものを一体どうやって詞にするかなんだけど。



ピュアな奴の言葉って、例えば下手くそでも滅茶苦茶響いたりするし、人の心を捉える力があるキラキラ


純粋じゃなきゃ、本当の歌は歌えないように思う。


その純粋ってことの定義も、話し始めたら切りがないほど続く難しいテーマになりそうだけど。




音楽って、メロディーの響きに僕は一番のメッセージを感じるから、昔は詞は二の次だった。

でも、幾らいい曲でも、言葉から歌は滅びるものだろう。

だから、言葉を必死に探してきた。



歌はメロディーであり、そして詞なんだな音譜

当たり前だけど。


だから、詞が死んでたら駄目なんだ。



アマの詞は、小説になってない小説みたいなところがあるように思うな。

やっぱり、そういう技術的なことでいうと未熟さが目立つ気がする。

だから、頑張ろうって思うよ。



何となく、詞について思ったことを書いてみた。





今日は、いつもの散歩道でカマキリ君発見目

路上で勇敢なポーズ中のところにバッタリ!!



それで、そのまま通り過ぎて、当分経って帰ってくると、まだ勇敢なポーズ中雷



あれって疲れないのかなって思っちゃった。

ずっと、ああしてたんだろうなと想像すると、もうちょっと楽な感じで良くねってペンギン



自然界で生き抜くのは過酷なのね。



ほんと大変だよ。

生きてるっていうのは。



だからこそ、素晴らしい感動もある訳だけど。



カマキリ君に教わった人生のほろ苦さでしたコーヒー




ではパーブーケ1ブーケ2
































マイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」のグッズだったマグカップにコーヒーコーヒー



曲作りの疲れを癒しながら秋の一日を静かに見つめる。


日中は過ごし易いけど、散歩途中で見る木の葉は枯れてゆき、少しずつ冬の足音が遠く聞こえるよう。



とりたててブログに書くほどでもない何気ない一日。


そんな営みにも、人生の中で訪れた喜びや悲しみの一つ一つが心の中に眠り、まだ見ぬ未来に、一人思いを巡らせてみる。



大したことができるわけじゃないかもしれない。

たとえ微力でも、僕という存在が今日ここに生きたこと。



そして、全ての命が互いに微笑みで支えあう小さな愛の物語に祈りながら、嘘のない気持ちを告白したい。



幸福という名の愛




夕食をとりながら、大好きな映画、「バックトゥ・ザフューチャー」をDVDコレクションの中から取り出してボーっと観てたら、昨日から続いてた憂鬱はどこへやら映画



気分って、コロコロ勝手に変わっちゃうな砂時計



僕の場合は、今でこそだいぶ情緒安定の毎日だけど、十代二十代の頃は気分のアップアップダウンダウンがかなり激しくて、自分もだけど、きっと周囲も大変だっただろうなあせる



嵐の青春台風



最近は何か、葛藤することよりも無気力感に苛まれる子が多いのかなはてなマーク



時代が激し過ぎるから、社会の闇で色んな皺寄せを食らって苦しんでる子は、とっても大変だろうと思う。



結局、自分は社会から必要とされていなくて、愛される資格のない人間なんだって、周囲から思い込まされちゃうことから、そんな問題の全ては起こってるんだよね。

絶対にそんなことないよって言ってあげたいな。



おっとDASH!

気が付けば、随分真面目なこと語ってた。



真面目過ぎるとブログも、堅くなって詰まらなくなっちゃうこともあるからな。

注意しよ。



幸福という名の愛


今日は、作詞音譜

昨日も一曲詞を書いた。



新しいアルバムの詞なんだけど、本当は二枚に分けて作ったアルバム。

昨日、今日と作詞をしながら、フィーリングが合えば一枚にしちゃおうかなと模索中。


アルバムタイトルが凄くインスピレーションに満ちてる方があって、そっちにメロディーの優れたものだけを固めて、後はボツにしようかと。



やっぱり美しいメロディーが出来たら、詞を書くのに気分が弾むラブラブ

結構いいなくらいの曲は、ちょっと頑張って詞を書かなきゃって感じになる。



だから、より良いアルバムになるように、贅沢この上なく行こうと思う。


こんなこと言ってても、後でどうなるか自分でも予想不可能なんだけどあせる





アメブロ生活も慣れてきて、淡々と楽しむコツを見つけようとしてる。

幸せの貯金箱みたいになっていったらいいな。



そんな感じで、おやすみなさいぐぅぐぅ星空




















何か、精神的に一気に急降下って時がありますねダウン

今日の僕は、少しその傾向かも。



何なんですかね。


天気も下り坂なので、色々関係してるのかなはてなマーク


子供の頃からそうだったんだけど、急に寂しくなったりする時があります。





でも、昨日、今日と世界には明るいニュースが音譜キラキラ



アラブが独裁からの解放を勝ち取ったことは、これは凄い大きな変化。

世界が真の民主主義へと流れている証のよう。



きっと、これは素晴らしい未来へと続くビッグニュースなんだと思いました。



オキュパイ運動とか、全てがそういった一連の流れなんでしょうね。



マイケル・ジャクソンが亡くなってしまった世界だけれど、Heal the Worldで彼が思い描いていたであろう世界に、一歩一歩近づいているのだと思います。


一見、真反対に進行しているような悲惨な現実も、きっと新しい世界の創造の為に崩壊していってるんだろうな。



それから、絢香さんがまた歌いはじめるという素敵なニュースがチューリップピンク

本当に頑張って欲しいなって、個人的にそう思います。





今日、十月二十一日は、僕の作ったレーベルの設立記念日です虹



マイケル・ジャクソンの他界した二〇〇九年に決心してレーベルを設立し、日付をどうしようかなと思った時、音楽をするのに十八歳で上京した際、Dreamって曲を確か今日生んだので、とりあえず記念日ということに。



レーベル名はHarmonic Town Recordsにしました。

完全に閃きから付いた名前です。



僕達現代人が、まず自分とちゃんと調和することを覚え、そこから生まれるそれぞれのマインドのハーモニーが響き合うことから、真の自由と平和や愛を実現させていきたいという願いを込めました。




今日は、iPodに入れた昨年作った曲のストックをずっと聴いていて、次のアルバムをどんな風にするか考えていました。


今年はかなり頑張って、アルバムが良い感じでほぼ完成。



もっと良い曲を、もっと素晴らしいアルバムをと、願いが尽きることはありません。



何か、こんな風にブログを書いたりして、心を形にしていると情緒が安定してくるから、物を生み出すってやっぱり不思議なパワーがあるなって思います。


新しいものが生まれる場所には、どんなものにも勢いとエネルギーが充満しているんですよね。

そんな風に感じます。




それではパーやや欠け月





















先日に続いて、今日も時間を見つけてシーサイドホテルで友達とバイキングナイフとフォーク


たくさんのおば様達が、団体客として一階ロビーにいらして、二階のバイキングがはじまる時間待ち時計

その集団にまぎれ、友達と僕も時間待ち腕時計




椅子に座って周囲に溶け込んでいると、港町特有のいなたい雰囲気船

これが、なかなか素敵だと僕も分かる年になったのだと噛みしめてた。



潮風の匂いや古びたホテルの佇まいホテル


どれもが僕の故郷の鼓動を伝えて、ちゃんと今も生きている波


その愛しさといったら、言葉にならない思いが自然と溢れてきて、何となく泣けてくるよう。




文化の香りって奴なんだろうな。

年季の入ったホテルは、深い味わいがする音譜


何がどうって訳じゃないんだけれど、その場に存在する全てに時間の積み重ねの重みと、ある種の色っぽい浪漫が漂っている。



大きなホテルの割に、いつもいる受付嬢は民宿的接待が自然で心地良く、妙な温かさを感じさせてくれる。



THE田舎おうし座おひつじ座うり坊



都会じゃ決して浸れそうにないその日常のリズムが、僕の魂に故郷への熱い讃歌を歌わせた。



幸福という名の愛


もうとっくに子育てを卒業しているであろうおば様達は、とっても陽気そうに笑ってる。

これは女性特有の強さかなって、いつもそういう光景に出合うとそう思う。



ワイワイ、ガヤガヤ耳

ワイワイ、ガヤガヤ目



どうでもいいような他愛無いお喋りと、まったりとした時間。


昔は、そのどれもが退屈に思えたこともあったけど、今はそれが何か身に沁みて大切に感じはじめているよう。



何故かなはてなマーク



THE虎舞竜のロードって曲の、何でもないようなことが幸せだったと思うって歌詞を思い出すな音譜




やっぱり田舎者の僕は、海や山や自然に囲まれてる生活が基本的に落ち着く。


東京に出た時は、アスファルトジャングルに息が詰まりそうな感覚がした。

不自然さに対する本能の知らせる何かがあったのだろうな。



自然は美しくて、そして厳しく、嘘もはったりもない。

嘘のないものって、何か清々しく輝いて見える。

それが素晴らしく威厳に満ちてる。




レストランの席からは、綺麗な海が見渡せ、堤防には釣り人やカップルの姿が。


飾らない魅力に溢れる町キラキラ



最近では、大河ドラマの竜馬伝で知られ、観光スポットに。

宮崎駿監督の映画、崖の上のポニョの舞台としても有名うお座



やっぱり、自分を育んでくれた郷土って特別で、知らぬ間に愛してるんだなって思う。


そして、自然食メニューを堪能して満腹に。


幸せだドキドキ



自然の幸よ、ありがとう。

腕をふるって下さるシェフの皆さん、ありがとう。


いつも変わらずいてくれる、郷土の温かさにありがとう。





最近しょっちゅう通ってるシーサイドホテルの魅力について書いてみましたメモ


SEE YOUパーブーケ1ブーケ2





























 毎年思うけど、十月ってやっぱり好きだな。

 単純に、暑くも寒くもなくて、過ごし易くとても爽やか馬




 何となく切ないところも魅力ラブラブ







 今日は、取り立ててブログに書きたいことも見つからなかったのですが、ツイッタ―のフォロアーの方の呟きで、昨日僕が書いた全国の瓦礫受け入れの記事について、新しく得た情報が流れていたので、そのことを書き留めておこうと思う。




 皆さん、良く知っておられる内容かもしれませんが。



 全国の都道府県宛に政府からきた東日本の瓦礫受け入れについての通達では、三つの選択肢が与えられていて、受け入れないという選択はないと、僕は昨日ブログで書いたのですが、受け入れ拒否の場合、何も答えずに提出との話らしいですね。

 

しかも、そのことを知らせてあると政府側の説明があったようですが、ツイッタ―のその呟き情報によると、ある自治体の役員の方は、その話を知らなかったのだそうです。




 この呟きを見て、僕は子供騙しだなあって思いました。

 何か、僕達人間のすることって、状況によっては時にえぐい。




 だから、皆で意識を変えていかなきゃですよグッド!

 本当に。






 世の中を見てると、いつも思うけど、親から一杯愛情を貰って育った方って、国家を批判するのに強い抵抗を示すケースが多いように感じます。


 つまり、愛情深く自分を育ててくれた親に逆らうということに対して、一生の恩を仇で返すような真似は出来ないといった様子を感じるのです。




 きっと皆、自分が人生で信じ愛してきた、信念体系を司るような重要な体験をくつがえされる現実は、とても受け止め辛いのだと思うんです。




 それは、大和民族が世界に誇れる、とても美しく立派な精神だと思う。



 だけど、その反面では、社会や地域に根付いている因習に引きずられ、他人の目を気にして、自分が本当はこれが正しいと思っていることを実行し辛くなってしまっている現実があると思うんです。



 一言で言えば、勇気をなくしているのだと僕は思う。

 こんなことを言えるほど、僕は立派じゃないかもしれないけど。




 ただ黙って従うだけが愛じゃないって、いつも思ったりします。






 ここまで書いて思いつきました。


 このブログ記事のタイトルは、背中合わせの何億マイル走る人




 背中合わせの何億マイルは、もう天国へ旅立って今は亡き僕の親父に捧げた曲。

 僕は、親父の背中に幼い頃からずっと、国家権力について教えられてきたって、改めて親父という存在を思い出してみる時、そう思うんです。




 だから、この歌を紹介します音譜プレゼント




http://jp.myspace.com/yoshinorisugawara




 LOVE IS ALLビックリマーク




幸福という名の愛