元々写真家で活動していましたので、写真家としての心のあり方の参考として30年前に勉強した本です。その後HPができ誰でも読めましたが今はHPもなくなり、アマゾンのデジタル本でしか読むことができません。これが正しいというわけではありませんが、一つの見方・考え方として私に影響を与えた日本史解釈本のエピローグです。

 

エピローグ①
 日本国は、不思議な国です。その不思議を、不思議と思わない人が多くいることも、更に不思議です。この不思議な国ニッポンで暮らすには、その不思議さを知らないほうが、暮らし易いからなのでしょうか。
 しかし、本当の日本国の歴史が知りたいと、図書館や書店に赴いて、日本史書を開くと、そこには「古事記」と「日本書記」を「記紀」から引用した文書を、日本国の初代天皇は、672年即位の天武天皇であるのに、紀元前660年に即位した天武天皇から671年即位の弘文天皇までが日本列島で活躍する、創造力を駆使して創作された、古代日本史物語を目にするのです。
 この「古事記」と「日本書記」の成り立ちの誤解は、江戸中期の国学者本居宣長が、「日本書記」を「唐ごころ」により書かれた偽書であるとし、日本列島の真の歴史は「やまとことば」で記述されたとする「古事記」にあると誤解し、1778年から1798年の20年をかけて、「古事記伝」を著したからです。
 その「古事記伝」が、日本列島を、更に、複雑にしてしまったのです。
 その本居宣長が日本列島古来からの「言葉」と信じた「やまとことば」とは、「てにをは」の格助詞があるウラル語系突厥語の文法に、先住民族のアイヌ語、ポリネシア語、タミル語、古代朝鮮語(高句麗・百済・古代新羅)、漢語などの単語を重ね合わせて作られた「万国語」(万葉語)であったのです。
 この「古事記伝」を利用したのが、明治革命で復活した藤原氏の近衛家です。
 その明治革命で復活した藤原氏勢力は、本居宣長が否定した「日本書記」を創作した結社組織の流れにあったのです。その藤原氏勢力による「日本書記」の創作目的のひとつが、藤原不比等の父であるとする、架空の人物「中臣鎌足」の歴史的登場だったのです。
 そして、藤原氏の祖は、神代の昔から日本列島に存在していたとするために、ギリシャ神話を基に「天磐戸物語」を創作して、藤原氏の祖神天児屋根命を発明するのです。
「日本書記」創作の目的は、南インドから南九州の坊津に渡来した藤原氏勢力の出自を隠蔽するためだったのです。